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『申し訳ございません、アペデマス様』

彼はいつもそういって、アペデマス以外の元へ行った
困ったような表情を浮かべて。
それにいつもアペデマスはこう答えるのだ

『あぁ、構わん』


ヴァーユの治癒能力はなにも戦場だけで重宝されているわけではない、怪我人は町中でもでるのだ。
平和なときでも、国の医療現場等で引っ張りだこだった
そのため、いつでもヴァーユは忙しかった。
大変だろうに、彼の嫌な顔など見たことがない
むしろ精力的に怪我人を診て回る事もしていた。

ヴァーユは穏やかで、優しかった
その静かさが、診てもらう人には安心感を与えたのだろう
だからとても慕われていた。
ヴァーユを待っている人が沢山いた。

・・・だから、アペデマスはそう言うしかない
あの声を、微笑を、他にみせたくなくても
そんな子供の駄々の様な事を言えば、ヴァーユを困らせる事になるから
忙しいヴァーユに負担をかけることは、嫌だったから

だからいつも、胸の内のどす黒い気持ちを押し隠して、答えるのだ              






「ん・・・」

アペデマスは、肌寒さに自分が身じろいだことを夢うつつに感じた。
暖をとろうと、いつもと同じように。そこにあるはずの身体を引き寄せようとする
だが、腕への違和感に気づくと、ハッと目を見開いて飛び起きた

「ヴァーユ・・・!?」

誰もいない。
確かに、気絶してしまった彼を腕に抱いて寝たと覚えているのに、そこには誰もいなかった
反射的に周囲を見回しても、人の気配の欠片すらもない
アペデマスは呆然とする。

(・・・・・・夢、だったのか・・・?)

そんな言葉が頭をよぎった
途端、胸が引き裂かれるような喪失感と虚無感がアペデマスを襲う

二度、失ってしまった

そう思った心を振り切るよう、緩やかな癖のある髪をかき乱した。
激しい動悸がする胸をなだめるように、身体の奥から深く深く息を吐く。


(失うだと?何を言っている・・・
 二度も何も、そもそももうアイツは、とっくに死んだというのに)

徐々に冷静さをとりもどしていくアペデマスは、無自覚に、次第に自らを嘲るような笑みを浮かべていた。

(・・・そうだ、当然ではないか・・・。余りにもヴァーユが恋しすぎて、白昼夢でもみたのだな。それとも幻か)

(・・・羽の生えたヴァーユが会いにくるだと?馬鹿げている・・・。 )

(そんな事があるものか・・・。あいつは、死んだんだ・・・死んだ・・・)

(・・・俺が、殺した)

知らず失笑が漏れる
ヴァーユを殺した分際で、何を都合のいい夢をみているのだろう。
あいつが自分を許してくれる、夢など・・・。
自らの醜悪さを晒された気分で、それに嫌悪感がこみ上げる。いっそ喉を欠き切ってしまいたい気持ちだった
唇を噛み締めながら、意識せず手を喉にやる
そこには先の戦いで、彼の姉に首を切られそうになって、今は包帯が巻かれている・・・はずだった。

「・・・っ?」

包帯がない。その上、傷もない。
驚いて何度も首を触るが、傷の痕跡すらそこにはなかった。
意識してみれば、顔を殴られた痛みや切れた唇の痛みすら感じないではないか。・・・今まで気にもして無かったほど、たいしたものでもなかったが。

(そんな筈は・・・)

困惑したアペデマスの目の端に、血がついた包帯が畳まれて置いてあるのがうつる。
違和感に、心臓が早鐘を打ちはじめた。
もし包帯が緩んで外れてしまったのであれば、こんな風に綺麗に畳まれているのは、おかしい
そして更にアペデマスの目を奪ったのは、包帯の周りに落ちているものだった
闇の中で自ら光をはなっているような。わずか数枚の、透き通るほど美しい白い羽

声もでないまま、アペデマスは震える手を伸ばした。
白い羽を、そっとつかむ
一瞬アペデマスの掌の中で光ったそれは、ふっと。まるでアペデマスの手に溶けるように。消えた

夢でも幻なんかでもない
彼は確かに"いた"
さっきまで自分の隣に"いた"のだ

次の瞬間。アペデマスは洞窟を飛び出していた

「ヴァーユッ!!!」

叫びは、静かな森に吸い込まれる。
応答などあるわけがない
だがとまっている時間が惜しく。アペデマスはただ前へ、走り出す
黙っていれば、ヴァーユとの距離がますます離れていく。その恐怖が全身を覆っていたからだ

自分が冷静な思考ではないのは自覚していた。
しかし、アペデマスの頭は一瞬のうちに回転する

ヴァーユは恐らく、ただいなくなったわけではない。
アペデマスの恋愛感情とやらを、消し去ってから立ち去ったのだろう
先のヴァーユはこう言っていた
『直ぐにではないが、自分が上へ昇れば消えて無くなるはず』と。
今の所アペデマスには何の変化も感じ得ない。

・・・ならば。まだ。ここに"いる"

そして、性格上用が済めばすぐ去ってしまうだろうヴァーユがまだ残っているというのなら。
理由は一つしかない
きっと。彼のたった一人の肉親に会いにいったのだ

ならばきっと、まだ間に合う
いいや、絶対見つけ出してやる

メロエがどこへ居るのかも与り知らぬのに。アペデマスはそう誓って胸元を掻き毟るように掴んだ

ヴァーユは二度とアペデマスの顔を見たくないだろう。そんな事はわかっていた
自分のしでかした事は重々理解している
命を奪った挙句最後は身体まで要求した、最低な男だ。もう会うべきではない
だが、先の行為での、自分の名前を呼ぶヴァーユの声が耳から離れない
思い出すたび、胸が締め付けられる
彼が恋しい
この機を逃したら、もう二度と。彼に会えない。
この気持ちも消え去ってしまう。
そう思えば、耐えられない

(・・・嫌だ)

憎悪を向けられるより、罵倒されることより、この狂おしい気持ちがなくなってしまうことが。
ヴァーユと過ごした日々が消えてしまうことの方が、嫌だ

(ヴァーユがいなくなってしまうことの方が。嫌だ・・・!)

このまま黙っていることなど出来やしない。
みっともなく縋り付いてでも。離れたくない。離せない。

情けないと、ヴァーユは嫌悪を深くするだろう。そして拒絶する。それでいい
ヴァーユの口から引導を渡してほしい
受け入れてもらえないとわかっていて尚、そうでなければ、到底収まることなどできはしないのだ。

自分を焼き尽くす灼熱のような感情に、アペデマスは突き動かされていた。




























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「・・・困ったなぁ」

よろよろと。頼りなさげな足取りで森の中を歩む人物が一人。ふらつく身体を木々に支えてもらいながら、なんとか進んでいた
誰が見ても疲労している事が一目でわかる。そんな状態では進みはいいとは到底言えない

「・・・まさか、こんな事になるなんて・・・」

はぁ、と。ヴァーユは小さくため息をつく。
ここまでの歩みと、行為の余韻で疲弊した身体を休ませるため、幹がしっかりしている木にもたれた。息をつきながらすっかり役に立たなくなった自分の翼を、恨めしそうに見る。
予定ではさっさとこの地を飛び去って姉を探すつもりだったのに、出来なくなってしまっていた自分の身体がもどかしい

「・・・まぁ、足元がふわふわしなくなったのは、いいんだけど・・・」

そう自分の足を何気なく見たヴァーユは、一瞬で顔が赤くなる
どろり、と。歩いた為に中に出されたものが太ももから下へ伝い落ちる様子を、直視してしまったのだ
もちろん。ここにいたるまで何度も何度もあったことで。
ヴァーユの足は、自身の奥の穴から流れ落ちる精液で、濡れていた

「・・・・・・・う」

明るい日差しの中にうつしだされる自分の足は卑猥すぎて。ヴァーユにとっては強烈なものだった。
見てられなくて目をつぶる。誰も見て居ないとはいえ、泣きそうなくらい恥ずかしい。
だが伝っていく感触をしばらく唇を食いしばって耐えると、また、歩き出す
じっとしてなどいられない。・・・まだ、たいして離れてはいないのだから
ふっと脳裏によぎった顔を、ヴァーユは必死で打ち消した
今思い出しては、疲労とそれ以外の感情に負けてこのまま足が崩れ落ちてしまうだろう
切なくなる胸のうちをごまかし、踏みしめる草木の音と、足から聞こえるわずかな水音に耳まで赤くしながら、ヴァーユは前に進んだ

(・・・あと少しで、川につくはず・・・・・・)

そこで、この足と・・・中を洗ってしまえば。それまでの、辛抱だ。

この地へ、アペデマスを追いかけた時の記憶を辿り寄せながら、ヴァーユは一歩一歩進む。

(・・・?)

ふと、名前を呼ばれた気がして、足を止めて振り返った。
だが辺りは静かに、風に揺れる木立の漣が揺れているだけ

(気のせいか・・・)

右手で木の感触を確かめて、足を前に出した
その時だ。

     見つけた」

「・・・え?」

すぐ横の木立がざわめいたかと思うと、次に前方でダンッと何かが木に叩きつけられたような音がした
森の静寂を壊すような大きな音に鈍く驚きながら、ヴァーユが足下に向けていた視線をぼんやりとあげると、目の前に人が立ち塞がっていた。
軍人にはらしからぬことだが、あまりにも予想外な出来事にヴァーユは一瞬呆ける。
しかしすぐにその人物を認めると、今度は衝撃で目を見開き、固まってしまった。

そこにいたのは、つい先ほど今生の別れを告げたばかりの人

まるで全力で走った様な態をし、息を切らす体を手で幹を掴んで支えている。さっきの音は手が木を叩いた音だったらしい
・・・その腕でヴァーユの行く手を阻むようにしながら、肩で息をするアペデマスがヴァーユのすぐ目の前に立ち塞がっていた。

「・・・・ア、アペ・・デマス・・・さま・・・?」

かすれた、驚愕した小さな声を、アペデマスは荒い息を整えようともせず無言で受け止めていた

(まぼろし・・・?いや・・・違う・・・)

何度も瞬きをしてもその姿は消えてくれず、否が応でもそれが本物だとヴァーユに認識させた。
ただでさえ隠せないほど疲労しているのに、つい先ほど、二度と会うまい。そう誓った相手が目の前に現れて、狼狽しないわけがない。
体は硬直して指ひとつ動かせないまま、口はヴァーユが頭に思い浮かんだ事を素直に吐き出していた。

「・・・・・・ど・・・どうして・・・・・・」

なぜ、アペデマスがここに・・?
混乱している頭で真っ先に思いついたのがその疑問だった。
その小さな声は、アペデマスに届いたのかどうなのか。
不確かのまま、アペデマスをただ見ることしかできないヴァーユの耳に、まだ息が整っていない状態のアペデマスの声が届く。

「・・・まだ、この辺に、いたのか・・・」

大きな声ではないのに、それはしっかりとヴァーユの耳に入ってきて。
びくり、と体が震えた。
呆然としていたヴァーユは、一瞬にして蒼白になる。

(・・・軽蔑されてしまった・・。まだこんなところで、もたもたしているから・・・)

アペデマスの言は、今のヴァーユにはそう意味しているとしかとれない。
こんな裏切り者の顔など二度と見たくないに違いなかったのに、再び姿を晒してしまったのだ。
また失態をしてしまった自分自身に、腹立たしいを越え、悲しさを覚える。
こんな事でよくアペデマスの部下を務められたものだ。

「・・・す、すみません・・・」

ヴァーユは木にもたれたまま、体勢の許す限り血の気が失せた頭をさげる

きっと、アペデマスは目が覚めて、川に水でも飲みに洞窟を出たのだろう
自分の歩みが遅すぎて、それにかち合ってしまったのだ。必死で歩いたつもりだったけど、時間のわりにたいした距離を歩けなかったようだ。

ヴァーユは、自分が洞窟から川への道を多少ずらして、下流に向かっていた事などすっかり忘れて、自らの失敗しか考えられなくなってしまっていた

ただ、これ以上嫌われたくない。それで頭がいっぱいになる。
決して故意でまだこんな近くにいるわけではないと、それだけは信じてほしかった。

「あ、あの、寝ている間に消えていなくて、・・・まだ、こんな近くにいて・・・本当に申し訳ありません」

頭をさげたまま、なけなしの勇気で声を振り絞った
誤解してほしくなかった。
自分は本当にさっさと目の前からいなくなるつもりだったのだ。

「ほんとは・・・本当に、すぐ飛んで去るつもり・・・だったんです・・・。けど、その、翼が・・・使えなくて・・」

目を瞑って言い募るヴァーユは、アペデマスの様子を覗えない
その目にあるだろう嫌悪の感情を見たくない。恐怖で顔をあげれないのだ

「い、今の私は、すべての地上のものが重くて、小石すらも全力をださないと持てず・・・。で、ですから。」

震える声で、完璧に嫌われるだろうと思う事をいう。


「お、重くて。・・・その、中の・・・。先の・・行為の・・・、アペデマス様、のもの・・・が・・・」


かすかに、アペデマスが息を呑む声が耳に聞こえて、ヴァーユは身体中が沸騰しているんじゃないかと錯覚するほど真っ赤になった。
恥ずかしさに、すでにこの世のものでもないのにも関わらず「死んでしまいたい」と思ってしまう。

そう。空を飛ばずこんなところでもたもたしていたのは、ひとえにさっきアペデマスがヴァーユの中に放った精液の為だった。
ヴァーユはもう空を飛べるほど強力な力は使えず、翼に頼るしかないのだが、この白くて透明で繊細なものは、ヴァーユの身ひとつ持ち上げるので精一杯らしかった。
つまり、歩いている最中に足をかなり濡らすほどの不純物は、言わずもがな。
これでは木の葉一枚持っただけでも飛べないだろう。なんとも不便になったものである。

しかし、精液のせいで飛べないなど、どれだけみっとも無いだろう
この出来事はアペデマスの記憶として残るのだろうか?それとも恋愛関係上として消えるのだろうか
残ってしまうなら、もう二度と会わない所か、会えない。
それに。もしもアペデマスの中では消えるにしても、ヴァーユにはしっかり残るわけで。

最後の会話がこれなのは、辛い

性欲処理のセックスもあまりいい別れではないけれど、あれはアペデマスが少しでも気がすんだなら、いい
・・・だが、こんな情けない状態を晒して。
こんな相手が仮にも恋人だったなんて、どれほどアペデマスを失望させればいいんだろう

惨めさに涙目になりながら、それでもヴァーユは必死に言い募る。

「だから、と、飛べなくて。ご、ごめんなさい!あの、川で洗ったら大丈夫、だと、思いますので・・・
 下流に行きますので、ど、どうぞ気にせず。・・・ま、まだ少しだけ近くにいますが、邪魔、だと思いますが
 洗い終わったらすぐ消えます・・・ので・・・」

なんとか涙声を抑えて最後まで言えた事に、ほっとかすかに肩の力が抜けた。
言い訳までしてなんと無様な男であろうか。
でも、もう会わないだろうという思いから多少強欲になってしまった。

十分すぎるほど言えた。後は早く、ここを立ち去らねば。
アペデマスの視界から消えなければならない

「・・・道中をお邪魔して、本当に申し訳ありませんでした・・・、
 ・・・・・・さよなら」

言い終えると同時に、ヴァーユは歩き出す。もたれていた木から手を離し、ふらつく体を気力だけで支えた
ヴァーユはできるだけ普通の振る舞いで、その場を立ち去ろうとする。
ここで疲労している姿など見せられない。疲れているのはヴァーユへの罰の結果であって自業自得だと思って欲しいが、自分が疲弊させたのだとアペデマスは感じてしまうだろう。やさしいアペデマスに罪悪感などを芽生えさせてはいけないのだ。そもそも、ヴァーユが抱いてくれることを望んだのだからアペデマスは何も悪くない。
だが顔だけは、アペデマスの顔を直視できない
ぎゅっと目を瞑りながら顔を伏せ、アペデマスの横を通り過ぎた。
落ち着いてきたアペデマスの吐息がすぐそばで聞こえて、ヴァーユの胸がきゅうと締め付けられた


      ざけるな」

「え・・・   うわっ!?」

小さな声が聞こえたかと思うと、ヴァーユの世界が大きく傾いた
あっという間だった。なんとか、肩が大きな力で掴まれた事だけが認識できた

「なっ、・・・な!?」

気がついた時には、ヴァーユはアペデマスに横向きで抱き上げられていた。姫抱っこ、というのか
抱き上げられた勢いで思い切りアペデマスの体に触れる事になり、盛大に狼狽する。
目の前にいきなりアペデマスの顔が現れて、心臓が飛び跳ねた。

「な、何・・・?どうしたんですか・・・!?」
「川へ行くのだろう?」

困惑をそのまま口にすれば、何事でもないような口調で返され、そうするのが当たり前の様にアペデマスはヴァーユを抱きかかえたまま歩き始めた。

「連れて行く」
「え・・?!し、しかし・・・」
「しっかり掴まっていろ。落ちる」
「あ、す、すみません」

わずかの抵抗はさらりと受け流された。
その上、ヴァーユは反射的にアペデマスにしがみ付いてしまう。
アペデマスの言うことに素直に従ってしまう癖が、長く仕えている間に培われてしまっていた。
それでも、目の前にあるアペデマスの顔が気恥ずかしくて、そっと肩に手を回すだけの頼りないものだ
今の力では思い切りしがみつかないと足しにもならないだろうが、それが精一杯だった。
だが、自分を抱きかかえる手の力は揺るぎなく、ヴァーユには落ちるという心配すらわかない。

(やはりあまり重みもないのだろうか、アペデマス様に負担がないようでよかった
 ・・・って、言ってる場合ではない!)

心臓がうるさくてかなわない
なにせ、背負われたり肩の上に担ぎ上げられたりしたことは何度かあれど、こんな風に抱きかかえられたことなんて初めてだったのだ。
理由はそれだけではない。

(・・・・・・・あつ、い)

自分の身体に触れるアペデマスの体温が、とても熱い。

今のヴァーユは、人の普通の体温を強烈に感じるようになってしまっているらしい。
それを先ほど強く思い知ったばかりだ
洞窟内の行為をふっと思い出してしまって、自分の淫らさと羞恥にヴァーユは涙目になる
こんな明るく清涼な森の中で淫猥な事を考えてしまうとは。
すぐそこにあるアペデマスの顔が見れなくて、ヴァーユは項垂れた。

「お、降ろしてください!自分で歩けますから・・・つっ、う・・」

何度も必死で頼んではみたものの、アペデマスは無言のままだ。足も止まる気配はない。
それどころか、ますます手の力が増してくるようで、抱えられている腕と足に痛みと熱を感じる。

目的地が一緒だからと気を利かせたのかもしれない。
言うべきではなかったのだ

先の混乱した自分をヴァーユは心の中で叱咤する。

まもなく。木々がひらけ、ほぼ水の流れがない穏やかな川が現れた。
着くまで本当にあと少しの距離だったらしい。ヴァーユの歩みではもっと掛かっていただろうが。

「・・・ありがとうございます・・・、お手間をお掛けしました。その辺で降ろしてくだされば・・・」

これでやっと離れられる、とヴァーユは安堵の吐息が漏れる
手間をかけて運んでいる相手がこんな淫らな事を想像しているなんて知られたくない
でも、これ以上抱きかかえられていては鋭いアペデマスにならばれるかもしれない。という焦燥感
そして浅ましい自分がアペデマスに触れているという罪悪感で押し潰されそうだった。
早く降ろしてもらおうと気ばかり逸る。

しかし、アペデマスは腕の力を弱めない
それどころか、ヴァーユを抱えたまま、ざぶざぶと川の中に入っていく

「ア、アペデマス様・・・!?」

思わずアペデマスの顔を見上げても、そこにあるのは無表情だった。驚きを隠しきれないヴァーユの声にも反応をしない。
そして、バシャッと音を立ててアペデマスは川の中に座った。といっても岸辺はアペデマスのすぐ後ろだ
川は、アペデマスの腰が浸かるギリギリくらいの深さだった
足を持っているアペデマスの手が下がった為、困惑するヴァーユの肌に水が跳ねた

「っ!」

その冷たさに、反射的にアペデマスの首元にしがみ付いてしまった。
温かい肩口に顔を埋めながら、しまった、とヴァーユは心の中で思う
・・・人の体温が熱く感じられるというのは、おそらく生の世界の感覚が死人のヴァーユには強烈という事なのだろう。なら、水の感触も数倍強く感じるのは道理であるはずだ。
だが味わうまでそれに考えがいたらなかった。また失態を犯してしまったのだ。

アペデマスにしがみ付いたまま翼まで硬直するヴァーユを怪訝に思ったのか、アペデマスは首を傾げてヴァーユを見たようだ。髪にアペデマスの顔の感触がする。・・・一刻も早く離れないといけないのにやっていることは逆で、内心焦りで押し潰されそうだ
不思議そうなアペデマスの声が耳をくすぐって、吐息に熱くなる。

「・・・もしかして、水が冷たいのか?たいしたもんではないと思うが」
「す、すみません・・・、どうやら、感覚が敏感になっているようなんです・・・。き、岸で降ろしてくれませんか」
「・・・・・・ほう?」
「あっ!?」

横抱きのまま。唐突に。腰を胡坐をかくアペデマスの膝の上に下ろされ、座らされた。
一息に下半身を襲う身を切るような冷たさと、水の中でも熱いアペデマスの体温が同時に襲ってきて、思わず悲鳴に近い声があがった。
それをすぐに噛みころすがもう遅い

「・・・そんなにか?・・・これは、大変だな?」
「・・・っ」

アペデマスの膝の上にいる為、尻すら全部浸らない程度しか水かさはない筈なのに、それだけでも全身の毛が逆立つようだ。目を開くことが出来ず、無意識にアペデマスにしがみ付く力が強くなっていた
動きがとれないでいると、背中をまるでなだめるように優しく撫でられる。
その手が温かくてわずかに安堵した。
時折羽を触られ、くすぐったくて小さく身震いをしてしまう
先まで熱いと感じていた、密着しているアペデマスの体温が心地いい。
アペデマスの仕草はどこまでも優しかった。
緩やかにヴァーユの緊張を解きほぐそうとしているかのよう。
空気は二人の間のわだかまりなどないかの如く柔らかい。
昔、休日の昼に二人で抱き合いながら寝転がっていたときのように、温かい

目を閉じて、委ねてしまいそうになって、ヴァーユは我に返った

(・・・だめだ、何をしているんだ私は)

自分の立場を一瞬忘れてしまった。
この空気はいけない。まだアペデマスに未練がある自分にとって、こんな優しい雰囲気は、毒だ。
ここで別れればもう二度と会えない。そう思うと、かつての様な優しい態度をとられればどうしても嬉しさが沸いて出てきてしまう。
しっかりしろ、と自分を戒める
自分の弱さが情けなくて辛かった。
それにしてもアペデマスはどういうつもりなのだろうか?
冷たくされる事はあれど、こんな風に優しくされる所以はないのだ
ヴァーユにはアペデマスの行動がつかめなくて困惑する

なんにしても、これ以上こんな風にアペデマスに触れていようなど許されるはずがない

徐々に徐々に。身体は水の冷たさに順応しようとしていた。
麻痺のような形ではあるが、浸かった当初の冷やかさは感じなくなって、微かに息をつく。なんということか、呼吸すら忘れてしまっていたようだ。本当に情けない。
ヴァーユは震えながらも少しずつ強張った身体の力を抜いていき、アペデマスにしがみ付く力を緩めた
膝裏を掴まれ抱えあげられた足は、せいぜい足首に水が触れる程の位置で宙に浮いている
それを何とか下ろそうと身を捩るとアペデマスは大人しく手を下ろしてくれた。
その掌は放れてくれず太ももに触れられたままであるが、やっと水底に足裏がつく。
冷たくてまたびくりと震えたものの、不安定さから逃れて多少ホッとする。

ヴァーユは胸が締め付けられるほどの名残惜しさを押さえつけ、しがみ付いてるアペデマスの首から身を離す。顔は見れなかった。自分の髪が長い事でこんなに助かった時はないだろう。
滑らないよう砂利の感触を確かめながら、足に力を入れて立ち上がろうとした。
しかし、アペデマスの行動は早かった
ヴァーユの身体が僅かに浮いた時、すさまじい力で引き戻される。

「痛っ、え、・・・あ」

そのまま足を大きく開かされ、アペデマスを跨ぐように、向かい合わせで胡坐の上へ再び座らされた。予測もつかない行動に翻弄され、ヴァーユはされるがままだった。
僅かに間があって自分のとらされたとんでもない姿を認識する。
同時に、見ないようにしていたアペデマスの顔が真正面にあって、嫌でも意識させられる。瞬間、壊れるくらい心臓が飛び上がって一気に顔が真っ赤に染まった。
明るい日差しの中に輝く金色の髪と、長い睫で彩られた瞳が上目使いでヴァーユを真っ直ぐ見ていた。
ほかに見た事がない。こんなに印象的で、存在感があるものを。
ヴァーユはその視線を耐えることなど出来ずにすぐに耳まで赤い顔を逸らした
それは序の口。

「ひ・・・っ!?」

突然の衝撃にヴァーユの身体はびくりと震え、固まった。
瞑った眼が見開かされることになったのは、しっかり腰に回されていた両手が、下がってきたからだ。
指はそのまま水に浸かっている狭間を割り開き、躊躇いなくそこに触れてきた。
水と硬いものが直に触れ、ぞわぞわと鳥肌が襲う

「や、な、なに・・・を・・・」
「洗ってやる」
「・・・け、結構・・・あ!」

か細く震えながら問い掛けるヴァーユに、再び、そうすることが当然の様な口ぶりでとんでもない事を言ったかと思うと、即座にアペデマスの指が一本、中に侵入してきた
くちゅ、と水音がヴァーユの頭を揺さぶったのと、指が中の柔肌を擦ったのは、同時。

「やめ・・っ!あ、う・・・嫌っ・・・あぁ」

強すぎる刺激だった
腰が跳ね上がり、掠れた声がでる。
驚愕し、衝動的に立ち上がろうとするが、出来ない。
腰周りに回された逞しい腕がそれを阻んでいるのだ。今のヴァーユには頑丈な鎖のようだった。
それでも、そんな事はさせられないと。必死でアペデマスの肩に手を置いて、力の限りもがく
だがまるで大人と子供の様だった。
びくともしないのだ。以前は、敵わないにしても僅かなりとも抵抗はできたのに。
矜持が傷ついたのを自覚して、焼けるような痛みと小さな悔しさ、そして生前とは違うんだと悲しさを感じる。

しかし今はどうにかしてこれを止めさせることが先決だった。
抵抗が無理なら、何とか頼み込むしかない。
暴れている間にも、指の蹂躙は止んでないのだ。

「あ、アペデマス・・様・・・、はなしてくださ・・・じ、自分で・・、ぁ・・・っ」
「・・・こんな水でも冷たくて触れないのにどうやって洗う気だ?」
「も、もう慣れましたから・・・あうッ」
「嘘をつくな。大人しくしていろ」

バシャと水しぶきを背中にかけられ、びくんと身体が反ってしまう。
下半身はさっきから浸かってだいぶ慣れてきたが、上半身はそうもいかない。
勝ち誇ったかのようなアペデマスの声に胸がざわついて、ヴァーユの力を奪っていく。
気がつけば指は二本に増やされ、かきまわし、液体を外に出すかのように中を擦っていた。
かと思えば、水と一緒に深く深く、潜り込んでくる。ずぶずぶと、ヴァーユの肉壁を隅々まで、触っていない場所などないように動く。
冷たい水が、すぐにヴァーユの内部の熱で温かくなっていく。
そして外へ出される一連の動きがたまらない。
ピクピクと指の動きに逐一反応をしてしまうヴァーユの肢体は、日差しの中でとても扇情的にアペデマスの瞳にうつっている事にヴァーユは気づかない。
反り返る背中を片腕で支えられたのすら解らなかった。

「・・・ん、ぅ、や・・・・ふ」

指は予想も着かない動きで翻弄してきて、ヴァーユの思考も一緒にかき回してしまう。
時折奥の深いとこを集中的に貫いたかと思えば、ヴァーユの内側の、一番感じてしまうトコをコリコリと嬲るように触られ、抗えない快感が全身を襲った
腰が無意識に指の動きにあわせて動き、堪えきれない吐息が漏れてしまう
そこは駄目だ。足先にいたるまで震えてしまう。
なのにろくな抵抗もできない。逆に身体はもっと、と強請るようにしてしまっていた。・・・アペデマスの腕の中で。

ふと眼を開けると、アペデマスと視線が合ってしまった
腰の上に座っているせいで、アペデマスの目線はヴァーユのわずか下にある。
艶のある長い睫が間近にあった。男女ともども魅了する美麗な顔が、まるで食い入るかのようにヴァーユを見ていた。その表情に乱れはまったくない。むしろその瞳はいつも以上に鋭く感じる。

さっきからずっと見られていたのだろうか。こんな見っとも無い姿を

羞恥心で身が焦げそうだ

・・・乱れがないのは当たり前。
アペデマスは、満足に歩けず、ただの水すら触る事の出来ない自分を気遣ってくれているだけなのだろう。
もしかしたら今度こそ、先ほどの性行為のせいであると罪悪感をもったのかもしれない。
ヴァーユも望んだ行為であるから、気にしなくていいのに。
それなのに、一人で性的な興奮をして、こんなに乱れて。

(・・・きっと、呆れている・・・)

虚しくてたまらない
アペデマスがこんなに近くにいるだけで心臓が壊れてしまいそうなのに、自分の身体の淫らさに嫌悪と、悲しさが沸いて、ヴァーユの許容を超えてしまっていた。
眉を寄せて項垂れてしまったヴァーユをアペデマスはどう思ったのか。唐突に背中を支えていた腕に力が入り、引寄せられた。
胸に飛びこむようになってしまい、これ以上こんな甘えた事は出来ないと最初は突っぱねたが所詮は無駄な抵抗だった。

それならせめて、こんな醜い反応をしてしまう自分の姿を極力見せたくない。変な声も聞かせたくない


「・・・あ、く・・・う・・・」

ヴァーユは遠慮がちながら、素直にアペデマスの身体に凭れ掛かると、身を硬くして歯を食いしばった。離して、と拒絶の言葉だけは時折吐く
アペデマスのさらりとした髪が耳や胸に触れる。頭はヴァーユの肩口に埋れて、腕はヴァーユの背中にしっかりと回されている。
愛おしい人に、抱きしめられている。だがそこにあるのは絶望感だけだ
こんなにも密着しているのに、心は遠い。
義務感だけで触られているのが、単に嫌悪や蔑み、性処理の道具として触られるより辛く感じた。
なまじ、そこに半端優しさを感じてしまう事が、辛い。
いっそ、完全に拒絶されたほうがマシだった。そうすればもっと順調に、ヴァーユも心の整理が着く
自分でも嫌になるけれど、心の奥で、期待が沸いてきてしまう。ありえないと理解していても感情が言う事を聞かないのだ。
それ程彼が好きなのだ。この思いは、どうしようもできない。
きゅう、と胸が痛み眼の奥が熱くなる。顔をくすぐるアペデマスの髪が、とても辛かった。
この体勢だとヴァーユの顔はアペデマスに見えない。それだけが救いだった。
はやく、終わってほしい。とヴァーユは祈りながら、アペデマスが始末を終えてくれるのを絶える
これ以上掻き回されては、洞窟で必死な思いで決意した事が、揺らいでしまう。
アペデマスの幸せを遠くから願い続けるという想いが。
近くにいたい。離れたくない。
心の底の思いが晒されてしまいそうで、恐怖を感じる
自分の身勝手な感情でアペデマスを振り回してはいけない。
手酷く裏切ってアペデマスを強く傷つけてしまったのだ。
そんな自分は、本来は制裁されるべき存在だ。
アペデマスは優しいから相手をしてくれたけれど、許されるべきではないと言う事をヴァーユは身に刻み付けなければならないのだ。
否、誰よりも、ヴァーユ自身がアペデマスを裏切ってしまった事を許せないのだ。
せめて去り際くらい潔くし、アペデマスの手を煩わせてしまってはいけない。
まして、未練がある風を見せるなどもっての外

「柔らかいな・・・吸い付いてくる・・・」
「・・・あっ」

吐息混じりに耳元で囁かれた内容に、其の侭消えてしまいたくなった
指は三本に増やされていた。それがバラバラに動き、ヴァーユの内壁を撫でている
それを、難なくヴァーユの秘穴は受け入れていた。
行為のたびアペデマスの形を覚えさせられたそこは、ただでさえアペデマスに素直に従うのに、少し前まで濃厚に出し入れをされていたのだ。仕方がないことだと思えど、恥ずかしくてたまらない
無意識にアペデマスの肩に顔を深く埋めてしまう

そしてふと気づく。後ろから流れ落ちた精液で汚れていた足を、アペデマスがずっと触れていた事
足を大きく開かされ座らされたときに、その汚れた太ももがアペデマスの足の上にある事を
何度目だろう。恥ずかしさで死んでしまいそうだ。
この人の手にかかれば、自分は容易く、何度でも、死んでしまえる。
震えながらも顔を寄せ押し黙ってしまったヴァーユに構わず、アペデマスの指は動きを止めない
ぐち、と。内部を撫でていたそれは再び中のものをかきだす様に動く
それなら我慢できた。終わりにつながる行為だからだ。
だが暫くそうすると、また、奥を集中的に刺激され、強い性感が身体中を覆う。
それでいて、ヴァーユが一番感じる前立腺は時折指がかすめる程度にしかふれてもらえない。
何度もそうされてしまえば、意思とは反対に、もどかしさがジワジワと沸いて出てしまう

「や・・・ぁ、やめ・・・・おねが・・・い」

たまらず、アペデマスの肩に置いた手に力が入る。
耳元でアペデマスの掠れた声がして、羽が震えた

「放してくれないのはお前のここだが・・・やめてほしいか?」

必死でヴァーユは首を縦にふった。
今はなれないと大変な事になる。危機感がヴァーユの中で警鐘を鳴らしていた

「・・・・あ、」

するりと指が引き抜かれる
ピクンと身体がそれにあわせて震えるが、あまりにも呆気なく、そこは開放された
終わった。ヴァーユは心から安堵の吐息をつく。身体も脱力してしまい、そのままアペデマスに身を任せた。その身体はさっきより体温が上がったように感じて、震えてしまう。
背中を再び撫でられ、淫らな後ろが不満そうに動くのを自覚し、顔が更に熱くなった。
中途半端にされて高まった身体を自覚して、恥ずかしい。
中の、ずっと感じていた精液の熱さや重みはない。ヴァーユが浅ましく身悶えている間にどうやら全部始末してくれたようだ
恐縮な気持ちでいっぱいだった。
同時に、こうしていたい、と言う事を聞かない身体を奮い立たせ、立ち上がるため身を起こそうとする。
だが、未だ背中に回されている腕のせいで離れることが出来ない。

「・・・洗い終わった事だし、私は構わないがな・・・、だが、辛いのはお前ではないか」
「・・・っ!?」

衝撃に、息が詰まった。弛緩していたヴァーユの身体が一瞬で強張る。
信じられない事をされていた
今開放されたばかりの後穴の入り口に、熱くて硬いものが、触れている

(・・・な、なん、で)

洗い終わった。用は済んだ筈だ。
なのに、なぜ、こんな事をされているんだろうか

硬直してしまったヴァーユの思考がまとまらないうちに、それは動きはじめる
すり、と入り口をこすった其れをヴァーユは強く認識し、その瞬間全身がびくりと飛び跳ねた
そして、後ろはそれが欲しいと言わんばかりに。きゅう、と吸い付くように動く。
自覚して全身が強張り、羞恥でまた目頭が熱くなったヴァーユを、アペデマスはその両腕を掴んで自分に凭れ掛けさせたままで固定し、更にヴァーユの後穴に自身を擦り付けた。
中に入れはしない。入り口を刺激する、もどかしい感覚

「・・・あ、あぁ・・・あ、だ、だ・・・め・・・」

大きく反り返った怒張はぬるぬるしていて、入り口を何度も何度も擦る。淫らな水音がヴァーユを支配する
眼を見開いて身動きができない状態で、ヴァーユはその行為を受け入れさせられた
ただ、秘孔だけは、素直にひくひくと反応していた。それはまぎれもない喜びだった。
自分の身体の淫猥さに絶望感を味わう

「・・・うぁ・・・や・・・な、なにを・・・ぁ、はな・・・して・・・」
「・・・お前のここは欲しがっているようだが、いいのか?・・・それに、前も」
「あぅ・・・っ」

指摘され、前を触られて身体が震えた。見開いた眼が動揺に震える
度重なる後ろへの刺激で、ヴァーユの屹立はすっかり勃ちあがってしまっていたのだ
恥ずかしさで見ないふりをしていたが、こんなに密着しているのだ。アペデマスの腹に直で触れている現状で気づかれないわけがない

「あぁ、あ・・・」

身を捩り、震える手を伸ばしてヴァーユ自身からアペデマスの手を退けようとするが、力ではかなわない。
お仕置きとばかりに、後ろの刺激を強くされる。
ぬるぬるして、熱い。あつい
・・・どうして
どうしてアペデマスはこんな事をするんだろう
ヴァーユには解らなかった。
納得する理由を考える時間が欲しかった。だがアペデマスは動きを止めない

「・・・ほしい、だろう・・・?」

身体の芯がゾクゾクと痺れた。動けない。身体が言う事をきかない
とどめのように、アペデマスの興奮しているような吐息が耳にダイレクトに伝わって、もうヴァーユは色々な感情がぐちゃぐちゃに入り混じってしまった

欲しい。
入れて欲しい。何も考えずに快楽を味わいたい
アペデマスに抱かれたい。

そう。これが本当の気持ちだ。
もはや思うことすら許されない、自分の奥底の渇望。
きっと、始末をしているとき、アペデマスには気づかれたのだろう。
アペデマスにしがみ付いて、息も荒くなってしまって。こんな反応をしてしまっていては、当たり前だ。
浅ましい身体は、指すら、離しがたいと訴えていたのだ
それに、後ろを少し触られただけなのに、前もこんなに反応してしまっていた。
これでばれない方がおかしいのだ
きっと、憎い相手とはいえ、こんな状態の人間を放置する事が出来ないんだろう。

だが、だめだ
それだけはしてはいけない

せっかく、アペデマスに手間をかけて洗ってもらったのに、またやり直しだ
この熱い肉棒をいれた先程の行為
いつもより数倍敏感になっている自分の身体がどうなったか。
いれただけで、達してしまうほどの恐ろしい快楽を味わったのだ
またいれてしまえば、アペデマスが身を放すまで、自分の理性など消し飛んでしまう
もしかしたら、正気すら失われてしまうかもしれない
そうすれば、アペデマスの傍を離れなくなってしまう。
迷惑をかけるだけの存在になってしまう

どうして、こんなに浅ましい身体をしているんだろう
また、迷惑を、かけている。
惨めだった

「・・・っ、も・・・しわけ、ありま・・・せ・・・」
「ヴァーユ・・・?」

心が限界に達してしまい、ついに涙が頬を伝ってしまう。
アペデマスの驚いた声が、更にヴァーユを追い詰める。
肩口に埋めていた顔が上げさせられ、アペデマスの手が頬に当てられる。
目前にアペデマスの、困惑した、そしてどこか心配そうな顔があって、どんな時でも綺麗な瞳が見れなくて、眼を瞑ってしまった。
アペデマスの掌は優しく涙を拭いてくれた。だがうつむく事は許してくれなくて胸が張り裂けそうだ。泣いて見っとも無い。こんな自分を見ないで欲しかった。
仕草も声も優しいのが辛い
姿を現さなければよかった。そのまま消えてしまえば、アペデマスも厄介な事に巻き込まれなくてすんだのだ

「わ、私の身体が変だから・・・こんなに・・・み、淫らだから、面倒をおかけして・・・
 もう貴方とはなんの関係もないのに・・・・・」
「・・・おい?・・・落ち着け、お前は何も・・・」
「・・・へいき、です。身体も、自分で何とかします・・・だから、私を僅かでも・・・哀れんでくださるなら、
 どうか、はなして・・いただけませんか・・・」

ヴァーユは必死で訴える。
つらい
誰よりも愛しい人に同情と義務感で触られること、それがこんなにも、つらい。
同情心でしてることをこんな風に言われて、優しいアペデマスでもきっといい気はしない。これで終わりだとヴァーユは思った

「・・・そんなに、嫌か」
「・・・・・・え?」

どこか絶望したような声が、自分の混乱を受け止めるので精一杯なヴァーユの耳に届く
それになんとか反応できた
涙が滲む眼を開けると、眉を寄せ、どこか切ない、泣きそうな表情をしたアペデマスの顔があった
どうして、アペデマスがそんな顔をしているんだろう
戸惑うヴァーユは、再びアペデマスに抱きしめられる。今度は両腕で。
息を呑んだ
今の状況が理解できない。
こんなに優しくされる謂れはない
沈痛な声音と、腕の優しさと、顔を置いた肩の体温がヴァーユの心を余計に惑わせる。

「離して欲しい・・・か?なら一つ条件がある」

じょうけん。と声が勝手に反復した

(そうか、アペデマス様は私に何か望む事があったのだ。だから手伝ってくれたんだな・・・)

やっと理由がわかって、納得した。安堵と、僅かな切なさと共に。
チクとした痛みは無視して、私で出来ることならなんでも、と答える。事実、心から思っていた。
まだ、してあげれることがあるのだ。別に後始末を手伝ってもらわなくても、何でもしたのに。
どこか悲しかった。
だが其れは意外な事だった

「・・・出会ったときだ、感情を消すだとか言っていた。お前のことだ、何かしらしていったのだろう・・・
 お前がいなくなれば、私の一部の感情や記憶が消えるだとか。・・・どうなんだ?」
「・・・あ、はい・・・お許しください・・・、貴方の記憶を弄るために、恐れながら、少し触れてしまい・・・」
「返して欲しい」
「え?」

何を言われたかわからなかった
うまく伝わらなくて焦れた様に、アペデマスは腕の力を強くしてくる。
腕の中の熱さと、圧迫された苦しさに息が詰まる。こんな時でもヴァーユの鼓動は素直に反応して恨めしい
煩い心臓の音が聞えてしまわないかと身を硬くする。
ややあって、アペデマスが望んでいるものを理解したものの、余計ヴァーユは困惑してしまう

「・・・弄ったものを、戻せといった。・・・それは私のものだ。お前といえど、勝手に取ることは許さぬ」
「・・・え、で、ですが・・・、その・・・貴方に抱かれたら、と」
「考えてもいい、と言ったんだ。消していいと言った覚えはない。」
「そ、そんな・・・」

思わず、先に手に入れた紅玉を握り締める力を強くした。返したくないといわんばかりに
石を入れるものなどなかったため、落とさないよう大切に、ずっと右の掌の中に持っていた。
複雑な想いが襲う。
これを返すと言うことは、文字通り、昔の日々がそのまま残ると言うこと。
未だアペデマスに恋焦がれ、仮にも恋人だった日々がなくなってしまうことに切なさを覚えるヴァーユにとっては嬉しい事のはずだった。
しかし同時に、手に入れた宝物を取られるような気持ちがした

(・・・所詮、私との日々はたいしたものでもないからな・・・)

アペデマスにとっては、消去しようが残っていようが、どうでもいいのだろう
それより、裏切り者に自分の事を触れられるのが我慢ならないのかもしれない。
納得した。そうとしか考えられなかった。
強い拒絶を感じて、苦しい
だが返せと言われたら、返すしかない。そもそもヴァーユに触れる権利などないのだから

結局、ヴァーユはアペデマスを煩わしくさせてしまっただけだ

(余計なことしか出来なかったな。)

自虐じみた笑みすら浮かべる事ができず、ただ眼を閉じた。
温かい。
最後に抱きしめられだけで、とても幸福なことではないか
満足するべきなのだ
そう自分に言い聞かせる。

(・・・よし、もう・・これで・・・・・)

「好きだ」


「・・・・・・・・・っ、・・・え?」

耳元で囁かれた言葉はあまりにも今のヴァーユには受け入れがたくて、一瞬流しそうになってしまった
だが、指先が食い込んでいるような背中の痛みが、ヴァーユの意識をハッキリさせる
そして、ヴァーユの声を失わせた

「好きだ、・・・好きなんだ、ヴァーユ。どうしようもない位、お前が」
「・・・な・・・、なに・・・を・・・・」
「・・・だまって、聞いてくれ」

とても信じられない事を言われていた。反射的に問い返した言葉は、声になっていたかどうか。
ありえない。でもなぜ、いつも堂々としていたアペデマスの手が、震えているのだろう。
自信に溢れ、揺るいだことのなかった声も掠れている。
こんなアペデマスの姿は、見た事がなかった
・・・身体が、動かせない。喉も渇いて、眼も閉じれない。

「・・・お前の命を奪ったのは私だ。更に、強姦までした・・・。こんなこという資格などないのは、わかっている
 お前にとって、俺は単に憎悪の対象でしかない。・・・解っては、いるんだっ」

強姦・・・?憎悪・・・?何を言っているのだろう

「戦いが終わって・・・ずっとお前の事を考えていた。昔の事ばかり思い浮かんで、笑顔ばかり思い出して。
 お前が傍で笑いかけていたことばかり、脳裏に焼き付いて離れなかった
 ・・・お前を、殺した事だけが、どうしても受け入れられなかった。お前がいないことが、辛かった
 俺が殺した分際で。勝手なのはわかっていてても、胸が苦しいのが止まらなかった。
 後悔、というやつなのだろう・・・。
 お前にとって俺は憎いだけの存在だろうが、俺は、恋しくて堪らなかったんだ・・・!」

・・・憎い・・・だけ?それは、私の言葉ではないか・・・

「だがお前が現れた。二度と会えないはずのお前が。
 しかも、憎い俺に謝罪までして。俺の気持ちを一番に考えて・・・。
 ・・・これで、愛しくないわけがないだろう、焦がれるなというのが、無理だ・・・!
 しかしこれは一時なことは俺にでも解る。奇跡のようなものだとな。
 これでもうお前と会えないと思うと。・・・耐え切れなかったんだ。
 触りたくて触れたくて、どうしようもなくなった
 気が付けば、お前の優しさに甘えて、無理やり抱いていた・・・。
 本当は、復讐でも何でもお前の好きにさせるつもりだったのに。
 ・・・・・・・こんなのは免罪符になどなりやしない。今も、お前とまた会えて、離れがたくて無理に抱きしめた
 俺は最低な男だ。いくらでも蔑んでくれて構わない。
 ・・・だが、お前を好きだと言う気持ちだけは、疑わないでくれ」

一言、一言がナイフのような鋭さを持って、ヴァーユの胸に痕をつけていく。刻み込むように
胸が苦しい。だがそれは、痛みとは逆の感情で。
アペデマスの震えを全身で受け止めながら、ヴァーユは一言も聞き漏らすまいと、息すらも止まっていた

「・・・愛しているんだ。ヴァーユ・・・!お前が愛しくて、堪らない・・・。
 お前が、お前を殺した俺との事を、消してしまいたいのはわかっている・・・。思い出したくもないのもな
 だが俺は、この気持ちをなかったことになんてしたくない、忘れたくないんだ!だから、頼む。
 お前こそ、僅かでも俺を哀れんでくれるなら・・・俺がお前を想う事だけは許してくれないか・・・っ」
 
声は震えていた
きつくきつくヴァーユを抱きしめている腕は、今では縋り付いているようだった。
・・・いや、泣いているのは。アペデマスだけじゃない
大好きな人にこんな事を言われて、感情が溢れない人がいるだろうか

嬉しい。
どうしよう、嬉しい。
このまま、どうにか、なってしまいそうだ

アペデマスが伝えてくれた事は、とても衝撃的で、理解が追いつかない。
この言葉をそのまま受け入れれることができれば、どんなに幸せだろう。

・・・しかし、

(・・・でも、これは、違う・・・)

どこかでヴァーユは解っていた。
これは、独り残されたアペデマスの自責の念が大きくしめているんだろうと。冷静な部分が言っていた
アペデマスが好きだと言ってくれる気持ちを疑ってはいない。
けれど
好きあってはいたと思うが、ヴァーユが想うほどには想われて居なかったとヴァーユは信じて疑わない。
お互い女性との社交もそれぞれしていた。アペデマスの周りにはいつも女性が居た。アペデマスがヴァーユ以外を相手していたかどうかはわからない、自分はアペデマスが初めてで、翻弄されてばかりだった。経験豊富な彼を満足させていなかっただろうから、その可能性は高いと思っている。事実を知るのが怖くて確かめた事はないが。
一方ヴァーユはアペデマスに、交友関係に文句を言われた事はない。そもそも興味すらもたれてなかったかもしれない。アペデマス以外なんて考えられなかったから他の人となんて一切したことがないが
割り切った関係だったとヴァーユは認識していた。
それでよかった。傍にいて触れてもらえるだけでよかった。身を切るような嫉妬心に蓋をして、その内最初はあった虚無感も抑えるようになれた。そうしてヴァーユはアペデマスの傍に居た。それがヴァーユにとっての当たり前だった
その時が長すぎた。
だからこのようにしか受け止める事が出来ない。
・・・ヴァーユがこんな形で姿を現して、アペデマスが追い込まれて。様々な感情が入り混じってヴァーユに執着心が芽生えてしまったのだろう
いずれ、真に愛する者ができれば、きっとアペデマスは思うんだろう。あの感情は違ったのだと。

だから言葉をそのまま信じることはできない。そう思うのに、うそだ、と小さく呻いたヴァーユの眼からは、熱いものが溢れて止まってくれない
ヴァーユの僅かな声に過敏にびくりと震えるアペデマスの身体が、愛しい。
胸に沢山の感情が渦巻いて、切り刻まれるように苦しいのに。
だが、今、伝えないと。どんなことでも、全部吐き出してしまわないと。
混乱しているだけであろうと、少なくとも、今アペデマスがヴァーユに言ってくれたことは、アペデマスが今想っていることであり、今だけの真実なのだ。
それなら、アペデマスが打ち明けてくれた想いに、ヴァーユも本音で、全身全霊で応えたかった。

「・・・私が、貴方を、憎んでいる筈がありません・・・、逆、でしょう・・・?
 私は、貴方を裏切りました・・・。貴方が王に裏切られたと苦しんでいたのに気づかないまま
 役に立たない部下だった私が・・・貴方にそこまで想われるているなんて・・・。
 信じられ・・・ない」
「ちがう!」

驚愕した声と共に、強い力で、肩を掴まれ身を起こされる。
痕が残るくらい痛かったが、アペデマスの顔と正面から見合うことになった事で、そんなものは吹っ飛んだ
眉間にしわを寄せ、涙が零れるアペデマスの顔は、とても美しかった。其れを見て、胸が張り裂けそうだ
眼を合わせたアペデマスはヴァーユの顔を見て一瞬はっとしたようだが、眼を逸らすような事はしない
頬を両手で包み込み、ヴァーユの涙を拭ってくれる。どこまでも優しい仕草だった。
仕草だけじゃない、声も、なにもかも

「・・・俺が、自ら話すべきだったんだ。耐えられぬ仕打ちと感じたなら、尚更・・・
 その勇気が出なかった。・・・お前に、女々しいと思われるのが怖かった・・・。
 お前が俺に付いてきているのは、俺が只管強くあったからだと。
 弱みを見せたら離れていくのではないかと、つい、思ってしまったからだ」

そんなわけがない!と驚きで声が大きくなる。
そうだな、と応えるアペデマスが、微かに微笑む。その笑顔すら、ヴァーユを焦がしていく

「・・・好きだ」
「あ・・・」
「お前と袂を分かったのは自分のせいだ。恨みなど、あるわけがない・・・。」

真剣な顔で、眼を見ながら言われれば、たまらない。
どんな顔していいかわからない。顔が熱い。身体中が火照ってしまっている。
滲む視界に映るのは、まるで判決を待っている罪人ような顔をした、愛しい人の顔
思わず左手を、頬に触れているアペデマスの手の甲に重ねた

「貴方が、そんな顔をする事なんて、ない・・・」

少し前へ倒れれば、鼻と鼻が触れ合うほどの距離。きっと顔は涙で歪んで見られたものじゃないだろう。
心臓の動機が気が遠くなる程激しかったが、ヴァーユは必死で声を振り絞る
そんなヴァーユの気の拠り所はアペデマスの掌の温もりだった

「アペデマス様・・・、私は、見当違いの思いで、貴方を裏切った・・・
 裏切り者の私は、当然の事ながら、貴方に憎まれていると思っていました。
 更に死んでまでも姿を現して、軽蔑すらされるだろう、とも」

ヴァーユはそっと左手をアペデマスの頬に伸ばし、アペデマスが何か言おうとするのを抑えた
アペデマスは掌の力を強くし、眉を顰めたものの、素直に黙ってくれる

「嫌われてまで現れて、私が貴方との・・・感情や、あの日々を消そうとしたのは・・・。恨みなんかじゃない
 貴方が、憎い裏切り者なんかと過ごした過去の日々を、後悔しているのではないかと思ったからです
 多少なりと目をかけた事すら、思い出したくもないのではないかと・・・」

「馬鹿なことを言うな!!」

周囲の森さえ圧倒される剣幕で怒鳴られ身がすくんだが、胸あるのは、喜びだった
嫌われてなどいない。その喜びはとても言葉になどできやしなくて。
ただ、ヴァーユは、はい。と肩で息をするアペデマスに小さな声で謝った
そうして、震える言葉を続ける。

「・・・例え貴方にとって私が、憎しみの対象でしかなくても構わなかった
 私はそれだけの事をしたのだから・・・
 ただ、貴方が私の事を思い出すとき、私にとって、大切な思い出でも、
 貴方には後悔や苦悶として思い出されるのが、とても・・・辛くて。耐え切れなくて・・・
 卑怯な手段を、取ってしまおうとしたんです・・・」
「ヴァー・・・ユ・・・」

アペデマスの息を呑んだ声が、胸に響いた
目を見開いたアペデマスの顔がヴァーユを埋め尽くす
本格的に嫌われるかもしれないことを、遂に言ってしまった。
目を開けていられない。でも決して、閉じてはいけないのだ。
ずるい事を考えた、これは罰なのだ

「ずるいです・・・とても・・・。私の大事なあの日々が貴方に否定されるから、それなら、消してしまおうなど。
 ・・・私は身勝手です、貴方にそこまで思われる人間では・・・」
「・・・少し・・・っ、黙っててくれ・・・」

胸が詰まったような声をだして、ヴァーユは再度アペデマスに身を引っ張られた。
アペデマスはそのままヴァーユの肩に顔を埋めて、何かに耐えているかの如くくぐもった声を出す

(・・・やはり、嫌悪をされたか・・・)

ヴァーユはアペデマスの耳元に顔を寄せながら、目を閉じる
心臓が早鐘のようだ。次になんと言われるだろう。この人に軽蔑されるのがとても恐ろしい
だが、仕方在るまい。
これを晒せばこうなる事は明白だった。その覚悟で、口に出した。
アペデマスが自身の感情を吐露してくれたのだから、ヴァーユも応えたかった。
これが自分だと。
卑怯な姿を曝け出すのが怖かった自分から、脱却しようと
確かに。口に出して僅かに心が安らかにもなったのだった。
これが最後の時、後悔は残したくない
その一身で、ヴァーユはアペデマスの言いつけを背き、口を開く。

「・・・私は、本気で貴方に挑み、そして戦いのなかで、敗れただけ・・・です
 もしかすれば、それは・・・貴方だったかもしれない。戦いでは、対等です
 戦場で自分より強いものに敗北した。そこに、なんの遺恨がありましょう。
 ・・・いえ、敗北し生き残れば、恨みこそしたかもしれない。また挑んだかもしれません
 ですが、・・・私は、死人です。」
     っ」

はっきりとヴァーユは言い切った。
アペデマスの全身がびくりと震えた。
その震えを安らげようと、ヴァーユはアペデマスの肩に手を回す

「憎悪、恨み、・・・そんなものは、何もない。
 ただ戦場で敵を倒した貴方を、憎いなんて一度も思った事ありません
 だから、どうか、ご自分を責めないで・・・
 そんな貴方を見ていると・・・辛いです・・・。私のためと思うなら、どうか・・・」

強くアペデマスに身体を抱きこまれ、ヴァーユの肩を掴んでいた腕がいつの間にか背中にまわっていたのを知る
激情を抑えつけるかの如く、激しい吐息を感じた。
とても熱い。身が焦げそうだ

どう、受け取ってくれただろうか
ちゃんと伝わっただろうか
返事がないのが不安をあおる。

僅かな時間お互い何も喋らなかった。身動きすらもおしいとばかり、ただずっと抱きしめあった。
暫くして、ヴァーユの胸の中で、アペデマスが「わかった」と返事をしてくれた
ヴァーユの願いを受け入れてくれた。
この気持ちをなんと言えばいい
愛しさと切なさが交じり合った。この想いを
衝動的に、ヴァーユはアペデマスに、まるで犬のように頬ずりをした。
するとアペデマスも返してくれた。それがこんなにも、嬉しい
気が付けば、声が勝手に"ありがとう"と言っていた。
何度目かの涙が頬を流れてしまい、声も震えてしまっていた。

「私は、私が許せないのは、何よりも自分です
 貴方に胸の内を吐露させる勇気を出させるに足りなかった・・・
 信用にたりなかった自分が、何よりも、許せない
 こんな不甲斐ない私を、それでも貴方は求めてくださった。・・・裏切りとは言わず。
 貴方こそ、優しい・・・。優しすぎて、苦しいです・・・」
「・・・俺は優しくなんかない・・・現に、無理やりお前を・・」

戸惑った、なんとか言葉を口にした様な声で、アペデマスは悔やみの台詞を吐いた。
僅かにヴァーユを抱きしめる力が弱くなった気がして、それがとても"嫌"だと感じた
それに、事実と違う事に焦り、必死で否定する

「アペデマス様・・・私は強姦などされていません。あれは、同意の上の・・・です・・・
 わ、私も、貴方に触れて欲しかった、から」

アペデマスが、またヴァーユの腕の中で身を震わせた。
かつての恋人同士だった頃でも、こんなにハッキリとアペデマスを求める言葉を言った事はなかった
ひとえに、アペデマスに負担を掛けたくないという一心と、自分から求めてしまえば・・・アペデマスが欲しいのだとしっかり認識してしまったら、もし別れを言い出されたとき、不器用な自分は、気持ちの整理が余分に掛かってしまうだろうと思ったからだった
アペデマスの好きなときに抱かれるだけ。それで十分。過度な期待はしない。
それが昔のヴァーユが強く自分を戒めていた鎖だ
その鎖を、ゆっくりと、外していく。
今自分は人に見せるのを憚られるほど、紅潮し、涙が流れた見っとも無い顔をしている。
・・・だが、この言葉だけはアペデマスの目をみて言いたくて、ヴァーユはアペデマスの頬に手を置いた。
緩やかに身を起こす動作をすれば、察しのいいアペデマスは気づいた様だ
大人しく腕の力を抜き、ヴァーユと顔をあわせてくれる。左手に、美麗な顔の温度がある。心臓が煩い
どんな時でも、美しい人だなと、見惚れた。

「私は、あ、貴方が、好き・・・です。昔も、今も・・・。」

顔が熱い。絶えかねて伏せようとする目を必死で合わせた。
言い終わるが早いか、凄まじく強い力で頭を捕らえられ、顔を前に引寄せられた
触れそうになる寸前で、慌ててヴァーユは間に右手を入れる。
それを乱暴に払いのけられそうになり、「まって」とヴァーユは必死で言い募る
アペデマスの強い剣幕におされ気味になりながら、右手を開く
日差しを浴びて紅の玉が美しく光った。
名残惜しさを感じる暇もなく、ヴァーユは玉を口にくわえる

そうして今度はアペデマスの強い力に抗いせず、唇を重ねた

「・・・は・・・っ、ん・・・」

すぐ口を割り開かれ熱い舌が入ってきて、甘い痺れに身震いをする
口内の上をなぞられ、くすぐったいような感覚に体の力が抜けるが、このままアペデマスのを受け入れるだけでは駄目だ
これを返さなければならないのだから
ヴァーユは持てる力を振り絞りアペデマスの首に両腕でしがみ付いた。
口内を舐め回すアペデマスの舌に震えながらも、舌を懸命のばして紅玉をアペデマスの口に差し出す
その行動に気づいたのか、アペデマスはすぐにその玉を躊躇なく口に入れた
アペデマスの舌に導かれ、ヴァーユの舌もまた、玉と一緒にアペデマスの口内に引き入れられる
その事実に思考回路が焼ききれそうだったが、顔を熱くしながら、なんとか玉をアペデマスの奥に押し込もうと舌を精一杯伸ばした
わずか喉元へいったかと思ったその瞬間、紅玉はアペデマスの舌の上とヴァーユの舌先に挟まれ、あっけななく、ふっと溶けていった。
目的を果たして、一息ついたかと思った、その瞬間力の抜けた舌を強く吸われた

「んん・・・っ!」

ちゅ、という大きな音を立てながら、貪るように、吸われる。
嬲るという言葉が相応しいほど、舌を持って行かれそうなほど強い力に、全身の力が奪われていくかのようだ。
体勢を変えようとする。だが頭と背中をきつく抑えられ、僅かの身動きすら許されない。
余裕のない、荒く乱暴な仕草がヴァーユを昂ぶらせた

「・・・ふ、あ・・・っ」

熱い口内で舌を存分に好きなようにされたかと思うと、今度は舌を絡めたまま、ヴァーユの唇の中へアペデマスのそれが入ってきた
唇を啄ばむようにされ、先にもされた、口内の上を舐められ歯列をなぞる様に這わせられると、ぞくぞくとしたものが背中を震えさせる。身の内にある熱杭が更に熱くなったような感覚がする。
それに負けじと、身体の奥底が疼いている
アペデマスに口付けされている、それだけでヴァーユの胸は一杯になるのに、舌が動くたび身体が切なく痺れ、意識が朦朧としてきた。だが、このままでは嫌だった
力が抜けた身体はアペデマスに任せたまま、ヴァーユは必死でアペデマスの舌に自らのを絡める

「・・・んぅ・・・ふ・・・」

自分でも情けなくなるくらい拙かったが、それで精一杯だった。
アペデマスの動きが余計激しくなって、呼吸すら満足にできない。どちらのかわからないくらい混ざり、呑みきれなかった唾液が口から零れる
めちゃくちゃに口内を舐められ、舌を吸われた。それは何度も唇の角度を変えて、繰り返される
ヴァーユは自分の体温が一段と高くなっていることを、薄れた意識のなかで感じていた
どのくらいしていたのか。いつの間にかアペデマスの両の手に包まれていた顔が、そっと放される。
唾液が唇を線で結んだが、碌に認識できない。
霞む視界の、愛おしそうに見てくるアペデマスの顔を受け止めるだけで胸が張り裂けそうだったからだ
ヴァーユの頭はアペデマスの手に包まれて、アペデマスの頭はヴァーユにしがみ付かれていて。
そうして二人して荒い息をしているのが、なぜだかどうしようもなく切なかった

「・・・・・・いつになく、積極的だな・・・」

嬉しそうにそういうと、ヴァーユの髪を梳りながら、アペデマスは優しくヴァーユの頬の涙の痕を舐めてくる。
動物のような仕草かと思えば、時折頬に口付けされた。
指で耳裏や首の付け根を辿られれば、ぴくんと身体がすくんだ。
この人が愛おしくて、苦しかった

「こ、これで・・・最後、だか・・・ら・・・」

ヴァーユはもう死んでいる。ここにはいられない
羽が生えた姿で存在しているが、確かに、生者ではない。それは、自分がよくわかっていた。
どういうことが自分のみに起こっているかは理解しえないが、このままこの世ならざるものが存在しうることは可能だろうか
恐らく、それは無理だと思う
死んだら消える。それがこの世の理。なら、きっと。自分も例外ではありえないだろう。
不安定な自分は、数日後か、それともあと数分後か。いずれ消えるのではないだろうか。
なんとなく、上へ行けばいい。という感覚がヴァーユの身の内にあった。
それに逆らって、このまま彼恋しさにアペデマスの元にいても、その内自分はいなくなる。
いつ消えるかも分からない状態でずるずるといるより、ここでハッキリ決別をしたほうが、きっとアペデマスにもいいことだ。
こんな時間を設けられたことが、まさに奇跡なのだ
そして、アペデマスにこんな風に触れられて、仮初めでも好意を伝えられて、こんな幸せな逝きかたは、ない

ヴァーユは口付けの余韻にたっぷり浸りながら、頬に唇をよせたまま動きがとまったアペデマスを特に不審に思うこともせず、別離の言葉を紡ぐ。

「・・・私は、幸せ者です。・・・貴方にこんな言葉を頂いて、逝けるなんて・・・
 貴方が、私の事を憶えていてくれる選択をしてくれた、・・・それがとても嬉しいです。ほんとう、に
 思い出を、ありがとうございました・・・そして、どうか思い出は思い出のままに。
 ・・・ナパのように、生を全うしてください。」

首に回していた手をアペデマスの頬にやった。アペデマスは眉を上げて困惑した、どことなく怒っているような表情をしていた。
アペデマスの心情を図れるほどヴァーユも余裕はなく、別離の辛さを感じながら、心から微笑み掛ける。
最後にアペデマスにした顔が泣き顔なんて嫌だった
名残惜しさを感じ、艶やかな髪に顔を埋める。これを上げたときに去ろう。と心を決めていた
洞窟で振り切るように告げたときとは違う。素直に別れを受け入れられる、幸福感がそこにはあった。

「・・・貴方が幸せに生きてくれることが、私の幸せ・・・です。
 貴方を独りにしてしまうこと、傷を傍で癒して差し上げれないのが、無念ですが。
 ・・・ふふ、往生際が悪いですね私も・・・もうしわけ・・・」

「最後、だと」

こんなにアペデマスに長く喋りかけ、胸の内を晒した事はなかった。
自分に苦笑しながらも、加減がわからなく、堰を切ったように話すヴァーユの耳元で唐突に、怒りに満ちた、低くて硬い声がした

「・・・最後に、するわけがないだろう」
「アペ・・・     っ!?」

後ろから、身体が折れてしまいそうなくらい強い力がヴァーユを襲い、息が詰まった。
肩に伏せられたヴァーユの顔を、起こさせないかのように。
顔を優しく撫でていた手が、ヴァーユの肩に回っていた。それが元凶だと気づいたのは、もう片方の手が背中を辿りヴァーユの双丘を割りひらいた時だ。
予想だにしない強い刺激が弱いところから来て、びくんと身体が跳ねる

    ひっ!?」

アペデマスの猛々しいものが、秘孔の入り口にあたった。
自分のみに何が起きているのか、理解しえぬまま、ただ本能的な恐怖でヴァーユはもがこうとした。
だが既に手遅れだった
嵐のような激しさで、蹂躙される

「あぁあああ・・・っ!」

脳が爆ぜた。アペデマスの肩に顔を預けたまま、悲鳴を上げる。抑える事などできやしなかった
覚悟するまもなく、熱いものが、ヴァーユに侵入ってきたのだから
指なんかとは比較にもならない、大きな、熱いものが。
中が、開かれる。
凄まじい圧迫感が下からせり上がってくる
それに押されて、身体が浮きそうになるのを。肩にまわった逞しい手は許してくれない。
肩は強い力で下に押し付けられ、更に下方にある腕が逃げる腰を掴み、離れる事は許さないとばかりに引寄せられた

「・・・・う・・・ぁっ・・・」

甘い痺れに全身が震えて、喉がひく、となった。見開いた目には涙が滲む。
衝撃は強すぎた。だが、洞窟で長い時間アペデマスのものを散々味合わされ、そして先まで指で内を掻き回されていた秘孔は、愛しい者の熱を難なく、積極的に受け入れていく。
中途半端な状態で放置されていた身体には、その熱はあまりにも甘美だった。
そんな身体とは裏腹に頭は真っ白で、何も考えられなかった
ただ、入ってくるものだけ、それしか、わからない
熱い。
顔も、身体も、内も、あつい。
だめだ。でも奥に入ってくる。深くまで。
中をこれ以上刺激されては駄目だと思うのに、身体は動けない。
ぶるぶると震えるヴァーユを腕に抱きこんだアペデマスは、進みをやめない
碌な抵抗もできないまま、遂に、アペデマス自身は、ヴァーユの深奥まで辿り付いてしまった
根元まで埋められ、動きがとまる。ふぅ、とアペデマスが小さく息を漏らしたのを聞いた。その途端、ヴァーユの後ろがそれを締め付けたのを感じ取ってしまって、羞恥が襲い掛かる

「・・・や・・う・・」

掠れた声がでた。動けなかった。全身に冷たい汗が噴出していた。でも内は熱くてどうしようもなくて、後ろから与えられる疼きに怯える。縋り付くものが欲しくて、アペデマスにしがみ付く力を強くしていた。

「あ・・・ぁあ・・・、ど・・・し・・・」

身体が硬直して、息がうまくできない。
奥で熱く脈打つものが微かに動くたび、身体が跳ね上がる。
ただいれただけで、ヴァーユの身体の支配権を捕られてしまっていた
コレが動いたら、どうなってしまうんだろう
恐怖だけが鮮明だった。

「・・・一度、出すぞ・・・・」
「あっ!・・・やあ・・・・・っ」

欲を滲ませる掠れた声が耳元で囁かれた。次の瞬間には、内の熱いものは動き出していた。
途端、全身を快楽が襲いかかる。
圧迫感と粘膜を擦る逞しいものに、たちまち微かに残ったヴァーユの理性は全てかき消されてしまう
律動に合わせて淫らに腰は動き、従順に受け入れる。そして与えられるものに身体が痙攣した。
動くたびにバシャ、と跳ねる水の音が、時折ヴァーユの朦朧とした耳に届く
水の冷たさなどもはや感じない。

「ひっ・・・・だめ、あ、あぁ・・・っ」

入り口から最奥まで、余すなく蹂躙される。
とめようのない明らかな嬌声が自分の口から出、更にヴァーユの意識を犯す。
まるで、貫かれているところからアペデマスと溶け合ってしまうような錯覚がした。
揺さぶられ、やっと、それは動いている事を認識する。
恐怖を覚え、激しい動きに振り落とされそうで、弱弱しい指先で辛うじて縋り付くも、アペデマスの性急な動きは止まらない。
何より、すぐ横に聞こえるアペデマスの吐息が、無意識にヴァーユを煽っていた
ヴァーユも、とまらない。こんなに容赦なく抉られては、気持ちが良すぎてとまるわけがない。
そして、一段と深く付きいれられた時、感じやすい身体は耐え切れず頂点へ昇りつめてしまった

「あぅっ、あ・・・!」
「く・・・っ」

ひときわ大きく身体が痙攣する。触れてもないのに、前が弾けた。
びくびくと震えるヴァーユの奥に、わずかに間があって、熱い飛沫がかかった。
内から再び重みを感じる。愕然と、そして恍惚としながらそれを理解した。
脱力し、くたりとアペデマスに身を任す。
といっても、先からずっと胸の中にいて、顔は肩から上げさせてもくれなかったが。

濃く残る余韻の中、はぁはぁと息切れしながら、ヴァーユは呆然としていた
あっという間だった。
抵抗を考える時もなく、ヴァーユが恐れていたことをされてしまった
せっかく、指で弄られるのを必死で耐えたのに。別れも終え、これで飛び立てると思ったのに。また、やり直しだ。
またアペデマスになんてそんな事できるはずもない。でも、自分で処理するにしても、きっとアペデマスの仕草を思い出してしまい、苦しくなるだろう
・・・どうしてだ。どうして、アペデマスはこんな事をするのだ。
これをどう洗うかと思うと、つい、アペデマスに恨みがましい気持ちが出てきて涙目になる。
脳裏が焼かれる程の快楽を何度も味わったヴァーユの限界は当に越えており、無理もない事だった。
特に、前を触れられずに達してしまったことがヴァーユに強い衝撃を与えていた

「・・・な・・・、なんで、こんな・・・」

さっき応えてくれなかった問いを、震えながらもう一度、息を整えているアペデマスに聞く。
怯えを滲ませているのは、達したというのに、アペデマス自身が萎える事なく後ろを貫いたままだからだ。
アペデマスの有様が信じられなく、二つの意味での「なんで」だった
すると、アペデマスは荒い吐息のまま、熱っぽくも優しくヴァーユの耳元に頬をすり寄せてきた。

「平気か?すまない。だが、お前の煽りに今の今まで堪えたのを褒めて欲しいくらいだ・・・」
「・・・あお、り・・・?んっ」
「お前の話を最後まで聞くため耐えていたが、もう、限界だ」
「は、・・・ふ・・・」
「・・・お前、可愛すぎる」

アペデマスの言ってることが何一つ理解しえぬまま、ヴァーユを口付けが襲う
下唇を啄ばまれ、舌が侵入してくる。舌先で歯茎をなぞられると身体がまた鋭敏に反応してしまう。
余裕がないように眉をひそめ、囁かれる声は低く真剣で、ヴァーユの背筋をぞわりとした悪寒のようなものが伝っていく。
下半身もまだつながったままで、抗えるわけがなかった。
優しくも熱く強引な口付けに、満たされる。アペデマスしか、わからなくなる

(・・・いけ、ない・・・はなれない・・・と)

ヴァーユは熱に浮かされる自分の頭を叱咤した

「・・・っあ・・・ア、アペデ・・・んぅ、や、も、もう・・・私は・・・いかないと」

頬をとらえられ、自由のとれない口付けの合間に、なんとか声を搾り出した。

「・・・ふ、は、はなして・・・くださ・・・」
「断る」
「あ・・・!?」

突然アペデマスが腰を強く動かした。
奥も手前も、敏感になりすぎてしまったそこを再びえぐられるようにされ、脱力して刺激に怯える身体を強すぎる快楽が貫いた
ヴァーユが硬直してしまうのをみてとって、動きを止める
足先まで竦んで息もろくに出来ないのに、後ろからアペデマスの出したものが僅かに零れるのだけはハッキリ解ってしまう。
身体だけがガクガクと小刻みに震えていた

「あ・・・・あ・・・・・」
「あぁ・・・溢れてきたな・・・。これをどうにかせねば、どこにもいけまい」
「・・ひ・・・、・・・ぁ」
「私がなんとかしてやらねばな、・・・そうだろう?」
「・・・い、じぶん・・・で」
「だめだ。今後お前が手を触れる事は禁止する。ここに触れるのは私だけだ・・・」

(・・・そんな・・・!)

それでは、ヴァーユ自身には何も出来ない。
・・・アペデマスは一体どうしてしまったんだろう。思いがけない事を言われてヴァーユはますます混乱する。
アペデマスはいつも優しかった。こんな風に言われたことはない。まるで独占欲を剥き出しにしたような彼は初めてみる。
戸惑うヴァーユに何度も角度を変えて口付けしながら、アペデマスはいつもの彼の声音に戻っていた。
確固たる自信に基づいた、逞しい、ヴァーユを芯から支配している声だ。
そして今は欲情を隠す気などないようだ。荒い息とともに艶やかに掠れていて。ヴァーユに自分の言葉を理解させるように一言一言確かに紡ぐ
見つめられ、口付けされながら、ふ、と熱っぽい目で微笑まれればどうしようもなかった。
ヴァーユに何度目かの痺れが走って、苦しい。
もう動いていないはずの心臓の鼓動が煩い。

「・・・身体は素直だな」
「・・・あ・・・っ」

アペデマスの言葉に全身で反応してしまっていた事にヴァーユははっとし、身体中が真っ赤に染まった。
受け入れているところがアペデマスのものを更に締め付けてしまっていたのだ
淫猥さに恥ずかしくて涙が滲む
ヴァーユの顔を覗き込んでいたアペデマスは一瞬目を見張り、衝動を堪えるかのように歯を食いしばると、貪るような口付けを仕掛けてきた。

「・・・泣いても駄目だ、離さない。」
「ふ・・・んん・・・」
「あまり私を煽るな・・・加減ができなくなる」

煽るなとを言われてもどうしたらいいのかヴァーユにはわからない。
そもそもそんな事をした覚えなんてないのだからどうしようもない
口付けをかわそうとしても後頭部をつかまれて逃げられず、何度も吸われて舌が痺れた。
荒々しい舌は、呼吸すら許さないようだった。塞いだ唇を解放してくれないため二人分の唾液が溢れ、中途半端に口から零れる
思考が奪われていく。それなのに感覚は鋭く、舌が口の中を舐める度身体は痺れ、震えた

(・・・・!)

はっと我に返ったのは、自身の前がまた張り詰めていくのを理解したからだった
先程もだ。触られていないのに達してしまって、そして今は口付けだけで反応してしまっていた。
自分の身体なのに信じられない
あまり性的なことは得意ではないヴァーユにとって、この変容はたえられなかった。

「・・・もうやめてください・・っ!なぜ・・・、離してくれるっていったのに、約束が違う・・・っ」

ヴァーユはいやいやするように首を打ち振りながら、精一杯の抵抗をした
悲鳴じみた声をあげて、アペデマスの胸の中でもがく。

「・・・痛ッ・・・ぁ」

突然、腰周りに回されていた逞しい腕に凄まじい力がこめられた。
肩から後頭部に回っていた腕も同様で、当然ながら下半身から顔まで更に密着させられることになる。
苦しくて息がつまり抵抗が止まってしまった
少し前に顔が寄れば直ぐ唇が触れる距離で、アペデマスは顔を歪めるヴァーユを宥めるように、ヴァーユの髪を後頭部にやっていた手で梳く。
耳後ろをなぞられるたび小さく声が出てしまいながら、中のアペデマスのものがいつ動き出すのかが恐ろしいと心の隅で思う。

「・・・やはり、私が憎いか、触られるのは嫌か・・・?」
「そういうことではなくて…!」

何を言うのだろう、逆だから今一生懸命離れようとしているのに
辛そうに言うアペデマスに、それだけは違う。と首を振って精一杯言い募る
すると、アペデマスは言質を取ったと言わんばかりに、満面の笑みを浮かべてヴァーユに囁いた。

「なら、離す理由はないな」
「・・・・・・・え・・・?」

ヴァーユが呆けた声を出せば、また唇を啄ばまれた。
アペデマスの意図がつかめない。普段の自分ならもう少し察せる筈なのに、アペデマスの声と口付けと、体温のせいだ。

「・・・離す気ではいた、お前に憎まれているから記憶を消去されるんだと、そう思っていたからな
 お前が私を嫌いでもいい。私はお前を想い続けたかった。それだけ叶えられればそれでよかった」
「・・・ちがう・・・それは・・・」
「わかっている」

ヴァーユが否定をするたびにアペデマスがとても嬉しそうに微笑む。
頭はふわふわと空に浮いたような感覚なのに、同時に胸は切なくしめつけられる。
この笑顔がたまらなく好きだ。それをまた見る事が出来るなんてなんて幸せなんだろう

「願いだけ叶えば直ぐに去るつもりだった。
 憎んでいる男の傍にいるという苦痛などお前に味合わせたくなかった。
 ・・・だが、憎まれていないと解った。むしろ逆だという・・・。
 こんな可愛い事を言われて、手離せるか」
「ま、待ってください・・・!」

これは、アペデマスの胸の中で蕩けそうになって聞いていていい話ではない
ヴァーユが焦った声をあげると、微笑んでいたアペデマスの眉根があがる。心底不思議そうな表情だった

「私はもう死んでいるんですよ・・・!?」
「それがどうした」
「どうした、って・・・」
「お前は今ここに居るではないか。何の問題が在る?」

なんでもないように告げられ、ヴァーユは絶句する

「お前が私に触れられるのが嫌だというなら離すさ。・・・それ以外の理由で手放す気はない」

眼を合わせてアペデマスはそういいきった。瞳は有無を言わさぬ迫力があった。
本気だと。そう語っている
気圧されて、だが眼を逸らすことを許されない。ただ息をのんだ
そうまで言われて嬉しくないはずがない。・・・生きていたら、再び生涯の誓いを交わしていただろう
だが、そんな事は出来ない。

ヴァーユは、アペデマスを追いかけた時の不安定さを思い出す。
あの時、まるでそこらの風よりも存在は薄いようだった
まともに地面に立つことも、小石すら持ち上げることすら困難で。
今はアペデマスが抱きしめて、熱を与えてくれるから感覚がハッキリしているだけだ
『死人』を、この世界は拒絶している
ある日フッと消えてしまうのを見るアペデマスは、どう感じるのか

想像するだけで胸が苦しい。

(馬鹿だ私は・・・!アペデマス様のお言葉を受け入れてはいけなかったのだ・・・!)

「・・・いいえ、いけません・・・。今すぐ離してください・・・!お応えできません・・・っ」
「・・・私が納得の行く理由を言え」
「今、ここで別れた方が、お互いのためになるからです」
「なんだと?」

アペデマスの声は怒気を孕んでいた。先ほどまでの笑顔が嘘のように、一転して怒りの表情に変わる
だが怯んでなどいられない

「わかっているでしょう・・・?私は死んで、世の理から外れています。
 もしこの場にとどまっていても、ある日突然消滅してしまうかもしれないんです」
「なら、その瞬間までずっと傍にいればいい。突然の死に別れなど生きている者にもあることだろう」
「・・・それ、は。・・・ですが、私は、あなたにそんな別れ方をして欲しくない・・・っ
 このまま傍に居て、突然いなくなるよりは、心の整理を出来る段階で別れたほうがいい
 立ち直れる期間が短ければ短いほど、貴方が私を忘れる時が早く来・・・」
「忘れる?まだ、お前を忘れろというのか!」

今まで顔を顰めながらも黙って聞いていたアペデマスが、唐突に荒々しい声をあげた
この話は平行線を辿る予感がした
既に限界を越えていたヴァーユは、焦燥感からますます冷静さが抜け落ちていく。
うまく説得する言葉を考える余裕なんてなかった

(どうしてわかってくれないんだ・・・、私の事を本当に、好いてくれているわけでもないのに・・・!)

アペデマスは、罪悪感と好意を混同しているにすぎないのだ
国王に裏切られ、仲間をなくしながら、五千年の時がたって尚追った夢は潰えた。
全てを失ったアペデマスの傷の深さは想像を絶する
そんな中でヴァーユが奇妙な存在となって現われた
生き残ったメロエとは別れ、一人取り残された中でだ
身体の関係は持てるほどの好意を持った存在を手にかけてしまって、なんにも感じない人ではないのはヴァーユはよく知っている
それで、皮肉にもヴァーユの存在が大きくなってしまったのだろう

だがそれは、何かも失くした後の、最後の”縋り付くもの”としてだ。
決してヴァーユと同じ感情ではない
勘違いしてはいけない
この人の”好き”は自分の”好き”とは違うのだ。

そう思う心は想像以上にヴァーユの心を蝕んでいる。
そんなことを思いたくない。アペデマスが自分を愛しているって言ってくれた事だけを胸に去りたいのに

(・・・やはり、そんな甘い夢のままではいられない・・・か)

アペデマスに自覚をさせないときっとこの場から去れないのだろう。
『幸せな恋人たちのふり』を壊さないといけない。それをするのは自分だ。
苦しくて、ヴァーユは唇を噛み締めた。

だが。アペデマスが今感じているのは、罪悪感で大きく膨らんだヴァーユへの執着心だと。好きというのは錯覚だと。いずれ解ってしまうなら。今ここで気づかせたほうがいい

ヴァーユは、自分の考えを信じて疑わなかった。

「・・・当たり前ではないですか。僭越ながら、申し上げます
 貴方は、独り取り残されたから、その寂しさから私にこんなに執着しているのです。
 ・・・それは、愛情ではない。貴方が私を傍におきたいと思うのは、孤独感からです
 取り違いをなさらないでください」

わざと淡々とした様な口調で告げる
だが緊迫感から声が震えるのが自分でわかる。
自分で自分を刃物で切りつけているようだった
アペデマスを傷つけるのは嫌だ
いいや違う。アペデマスが自身の本当の気持ちに気づいて、切り捨てられるのが怖くて寂しくて辛いのだ。
分かってはいても、いざ実際に突き放されるとなると、苦しい。
しっかりしなくては。
未来のない自分が、生きている者の未来を潰すことなど決してしてはいけないのだ

「罪悪感を刺激され、僅かに在った私への好意が増幅したにすぎません。
 どうか冷静になってください
 ・・・今はお寂しくとも、ナパがこの世界で家族を作ったように、いずれ貴方に相応しい方が     

「だまれ!!!」

耳元で凄まじい剣幕で怒鳴られ、ただでさえ張り詰めていた糸のようだったヴァーユはそれ以上言葉を続けることが出来ない
こんな取り乱したような声は戦場でも聞いた事がない。
ヴァーユがそうしてしまった。その事がとても辛い。彼の顔は直ぐそこなのに、それを見るのが怖くて目が開けられない。

いや、これでいい

自尊心が高いアペデマスは、ヴァーユなんかに無遠慮に心を暴かれ、怒っているのだ。図星をさされたから激昂してしまったのだ
こんな意地の悪い人間に、やっと愛想がついただろう。もっと優しい人が居ると思いなおすに違いない

(これで、今度こそ終わりだ・・・)

いつ突き放されるかと、身を堅くして待つ

しかし、アペデマスは突き飛ばさないどころか、すばやく両手をヴァーユの背中に回して、翼の付け根辺りをつかみ、撫で始めた
囁かれる声は、怒気を含んでいるのに優しげで、それが恐ろしく、ヴァーユは身動きができなかった

「”ナパのように”・・・なるほどな、そういう意味か。」
「・・・・・・・ア、アペデマス・・・・ぁっ?」

(・・・っ!?)

付け根をアペデマスに撫でられるたび、ぞくりと背中に悪寒のようなものが走り、ヴァーユは戸惑いと、確かな性感に震えた。
そして驚愕する。
信じられないことだった。飛べない以上単なる飾りくらいの存在だったそこからこんな感覚が沸いて出るなんて
動揺して涙目のヴァーユの耳を、アペデマスは咥えた。激昂したのが嘘のように、優しく。
羽の事で固まっているヴァーユに構わず、むしろ幸いとばかりに
ぴちゃ、と水音が頭を痺れさせ、見っとも無くも細い声が出てしまう
完璧に嫌われることをしたのに、どうしてまだこんな状況に陥っているのだろう。
どうして、アペデマスは笑っているのに、こんなに恐ろしいんだろう。
どうして、手を離してくれないんだろう
・・・わからない、アペデマスが、さっぱり理解できない
解ったのは、耳を舐められ、アペデマスの声を囁かれると、ヴァーユには自分の身体を支える力すら奪われる、ということだけだった

「ふふ、笑えるな・・・よくわかった。」
「・・・は、はなし・・・・」
    お前に、何一つ伝わっていなかったって事がな!」
「っぁ!」

怒りに満ちた声がしたかと思うと、両手で強く腰を掴まれ、灼熱の杭を一気に引き抜かれた
薄い壁を強く擦られて強烈な快感を引き起こされる。声すら出せずただ喉だけ振るわせた。身体をびくんと身震いさせて衝撃を耐える。腰が抜かれるのを嫌がるように揺れたことも、秘孔がきゅうと震えたことも、中に出されたものが零れたことも、それらを全てアペデマスに見られている事も気づけない
全身が痺れていた。熱杭の余韻がたっぷり残った肉体は、完全に抜かれても自由にならない。

「・・・ん、っ・・・はぁ」

余韻にすら小さく息を漏らしながら、身体に与えられた快感をどうにか受け止め、息を静めようとやっと思い至ったとき、ヴァーユはアペデマスが自分を覆いかぶさる形で見ていることに気づく。アペデマスの背後に、空が見えることも。
え・・・?と心底驚いているのに呆けた声がでた。
ヴァーユが身悶えている間に、アペデマスはヴァーユを岸辺に仰向けで横たえていたのだ
そして、アペデマスはヴァーユが正気に戻るのを待たなかった
険しい目をしたアペデマスは、無言でヴァーユの首周りを覆う布を奪うと、布端を咥えてビリ、と小さく細長く破く。
その小さな切れ端を咥えたままで、ヴァーユの両手をアペデマスのそれで捕らえた
強い力だった。何をされるか分からないまでも言い知れぬ恐怖を感じさせるような
ハッとし、振り払おうとしても無駄だった。
アペデマスの思うように。肘を曲げさせられ、手首をヴァーユの頭の下で交差させ、それを端を破かれた布で縛られてしまう

「・・・アペデマス様・・・!?何をなさるんですか・・・!」

腕の自由を封じられた、自分の取らされている格好が信じられなかった。
手の上に頭が乗っていて苦しいが、それ以上に、脇が曝け出されていると言う事がこんなに心許ないものであったとは知らなかった
動揺を隠し切れず、必死で腕の拘束を解こうと焦っているヴァーユに、今度は下腹部からカチャ、と音がする
アペデマスがヴァーユの腰の飾りを外したのだ

「な・・・、やめてください・・・っ」

声だけの抵抗などでどうにかなるはずがない。薄く短い布をまとうだけのヴァーユはめくるだけで行為は容易いため、先の洞窟内でも脱がされなかった腰布を、飾りと共に剥ぎ取られ草の上に置かれた。
一糸纏わぬ姿にされ、耳まで赤くなる。
今更であるし、男である自分が全裸などと理性はいうが、腕を縛られ、布で隠れていた、行為の痕が濃厚に残る秘孔を明るい日差しの中で曝け出されるのは耐えがたかった。
それも、アペデマスの下でだ。
戸惑って身を捩るヴァーユの目に、半勃ちになった自らのがうつって恥ずかしさに息が詰まる
どんな顔をしたら良いのかわからず、アペデマスと視線を合わすことを絶えかね、上気した顔を逸らす

「はなしてください、ほどいて・・・うぁ!」

肉杭を掌で掴まれ、びくん、と身体が跳ねた
軽く撫でられ、先から下までなぞられ袋を優しく触られれば、快楽に背筋が痺れて力が抜ける。比例して自身が熱を帯びてくるのがヴァーユをおいつめた
しかし急所を捕らえられている恐怖でうまく抗えないでいると、太ももの裏を掴まれて大きく開かされた。

「・・・・・う、く・・・やめ・・・・・あぁうっ、やめ・・・てくださ・・・、んんっ、いや・・・だっ」

必死で掌から逃れようとするが無駄だった。アペデマスの熱い掌はヴァーユの肉杭を決して開放せず、容赦なく攻め立てる。先走りが零れ、アペデマスの掌からクチクチと水音がして耳を犯した。
然程触られていないのに、敏感になりすぎているヴァーユはすぐに射精してしまいそうになる
だが、まるで狙っていたかのように、達そうとすると激しい手の動きを止められ、ゆるゆると優しくされてしまう。強弱をつけられた責めに、涙がにじむ。
嫌だと思うのに、途切れない快感がヴァーユの脳を痺れさせ、腰を麻痺させた。

「・・・そんなに腰を揺らして、嫌だと言っても説得力がないな」
「・・・・っ!」

咥えていた切れ端をヴァーユの腹に落として。低く、嘲笑うような声でアペデマスに揶揄され、ヴァーユはハッと気づいた。手から逃れようと腰を揺らした行動は、まるで自ら誘っているようであったのだ。
居たたまれない。アペデマスに触られること自体が嫌なわけではないから、身体は素直にアペデマスに従うのが恨めしい。浅ましくて恥ずかしい。

(…痛いところを指摘されて、癇癪を起こされている…だけだ)

普段だったら耐えて、アペデマスが冷静になるまで待つところだ
しかし、今のヴァーユは精神的にも肉体的にも、もう限界近くまで責められていた

「…やめ…ぁ、や…だ…」

涙が一筋零れた
追い込まれて、ヴァーユの奥底の本音が引きずり出される

(…もういやだ・・・こんな・・・!好かれてもないのに抱かれるのは…!)

見ないようにしていた、蓋をしていた感情が溢れ出してくる

本当は、ずっとつらかった
アペデマスと自分の想いの差異が苦しかった
ヴァーユだって人間だ。好きな人を独占したいと思うのも、同じくらい想って欲しいと望んでしまうのも、自然な事だった
只管押さえ込んでいただけだ。
面倒だと触れられなくなってしまうことが怖かったから言い出せなくて、封じ込めた

つらい。もう解放して欲しい

「やめてください!・・・もう嫌なんです、貴方に触られたくな        
「うるさい」
「ふ…!」

叫び声を制した声は、さっきと違い、静かで冷酷な声だった
びくりと身震いする。
それはアペデマスが、本気で怒っているときの声だ
畏縮するヴァーユの口を、アペデマスのそれで隙間なくふさがれる。
声とは裏腹にアペデマスの動作は荒々しく、熱くて、鳥肌がたつ
逃げ惑う舌を捕えられ吸われ、怯んだところに上顎を舐められ、くすぐったさに似た痺れがヴァーユの力を奪うのだ
何度もされているのになぜ慣れないんだろう、それどころかされるたびどんどん敏感になっていく

「ん…、んん!ふ…、っん」

さらにヴァーユ自身への愛撫もやめない
もう目を開けてなどいられない。脳がしびれる。
アペデマスの息遣いと舌の動きと、覆い被さる身体の熱、細やかな手の動きが、ヴァーユを縛る
情けない事に、涙がとまらない
首を振って口を離そうとするヴァーユの顎を、アペデマスはもう片方の手で捕まえた
跡がつきそうなほど強い力に、顔が更に歪む

「ん…は、いや…だ、あっ」
「いやだと?…そんな声で、そんな顔をして。嘘つきめ、こんなに私を求めているくせに。」
「…ちが、あ…ん、んぅ…」
「何が孤独感だ。何がお互いのためだ。一人でごちゃごちゃといらぬことばかり考えおって
 あげくには他のやつと添えだと?
 いくらお前でも許さぬぞ。」
「…あ…」

至近距離で視線を合わされられ心臓が跳ね上がった。
アペデマスの瞳は、獲物を捕食する獅子のようで
ぞくり、と背筋に悪寒が走り、視線を外そうとするが、顎に添えられたアペデマスの手は許さない

「…いいか。私はお前しかいらない。愛しているのはお前だけだ」
「…ア、アペデマス…さま…っ」

言い聞かすように。熱っぽくそう言い切られて、体中が甘く痺れたようになってしまう。
いけない、このままでは捕らわれてしまう。…愛なんて、違う…のに

アペデマスの言葉を受け入れていないヴァーユを見透かしたように、アペデマスは眉間の皺を濃くした

「いくらそういっても信じないのだろうな強情者め。
 …いいだろう。お前がその気なら、…放れなくしてやるまでだ」
「な、なに を…っ、ひ!?」

今まで甘く緩やかな快楽に苛まれていた下腹部に、鋭い痛みが走った
アペデマスが先ほど破った布の切れ端で、自身が出したものに濡れ、限界まで勃ち上がっていたヴァーユ自身の根元を縛ったのだ。
息苦しいような痛みと、刺激からくる快感が全身を包む

「な…、あ…っ」

信じられないことをされ、ヴァーユを恐怖が襲う

「い、た…い、どうかおやめください…っ、放してください…!」

青ざめ、ろくな身動きができない身体で必死で抗おうとする
だがそんなのは、アペデマスにとっては児戯にもならなかったらしい。
せめて足を閉じようとするものの、アペデマスの身体が間にあって、両足で挟むような格好になってしまう
太ももに触れる体温が熱くて、恥ずかしくて、結局足を開いてしまう。その有様が耐え難かった
アペデマスに覆いかぶされたまま、手は拘束され、足を大きく開かされ、その間にはアペデマスの掌の中で濡れそぼり縛られた肉棒。
その状態でできる事と言えば、密着するアペデマスから逃れようと全身を動かすだけだ。
顔と肉杭はアペデマスの手から離すことができないのにだ
もはや抵抗とはいえない

「どうした。そんな格好で身体を揺らして、誘っているのか」
「ちが…あぁ!」

耳元で低く艶やかに囁かれ、ぞくぞくと身体の芯が揺さぶられるような感覚がした
全身が引きつり、軽く達してしまいそうになる
自分の身体の有様にヴァーユは動揺した

(声、だけでこん な…)

ただでさえこんな状態になって感覚が敏感になっていたのに、洞窟内での行為、そして先ほど一度達してしまった。しかもアペデマスはずっとヴァーユの肌から手を離さない
立続けの快感に身体の感度がますます鋭くなってしまっているのを自覚する
そんな事をわかってもまったく有難くなかった。この全身が密着している状態がとても危険だということを改めて知って、焦りを深くするだけだった。
唇を噛み締めて身体の刺激を耐え、鼓動が落ち着くのを待とうとするヴァーユを見て、アペデマスはフッと笑い、耳を舐め、甘噛みをしてきた。

「っ…」

なんとか噛み殺した、か細い悲鳴が上がる。
だがぞくぞくと悪寒に近しい快楽を次から次へ与えられてしまい、無意識に腰を揺らめかせて身悶えた
ぴちゃりという水音が鼓膜を揺らし、理性から突き崩される
耳たぶを噛むアペデマスの吐息が更にヴァーユを煽った

「っふ、く、んんっ…」
「私の声だけで達きそうか、淫らな身体だ。なあヴァーユ、こんなにして本当は、私の事が欲しくてしかたないだろう?」
「ちが…、あっ…う」
「ふん…やはり、私の事が好きなくせに私の言葉を信じようとしない馬鹿者には身体に聞いたほうが手っ取り早いな」
「…あっ」

怒りに満ちた声でそういうと、アペデマスは舌を散々嬲った耳から下方に這わせていく
つぅと喉仏の膨らみをたどると、そこを吸い上げてきた。
ちゅ、という音、ぬるりとした感覚と舌の熱さに肌が粟立ち、びくっと腹筋が揺れてしまう
身体に触れる、アペデマスの滑らかな髪のくすぐったさすら今のヴァーユには快楽を与える道具だった。
眉を顰めてそれに耐える

「ふ…」

掠れた声を出すヴァーユの喉元や首筋をアペデマスは丹念に舐める
時折軽く歯を立てられ、痕をつけるかのように鋭く吸われ、逐一正直に反応を返してしまっていた
与えられるのは甘い刺激と、急所を無防備に曝け出していることへの僅かな恐怖心
獅子に身を捧げているかのようだ。
そう感じる己は、確かに興奮をしていた。自分の浅ましさが恨めしい

(…?)

ふと、下腹部から今までの性感を刺激するようなものとは別の動きを感じた
戸惑いがちに眼を下に向ける
すぐわかった。喉元を舐めながら、アペデマスは両の手をヴァーユの身体に這わしはじめていたのだ
割れた腹筋を下から上へ、胸板をたどったかと思えば、胸を揉むように動かす
乾いた、熱い掌だった。
それが、自分の身体を丁寧に這う。

「あ…、…やめ…」

掌の熱に、思わずおびえた声がでた。
唇まで一緒になって。脇を辿って縛られている手や、顔、髪、首、脇腹、背中の翼、そして下腹部のヴァーユ自身は触れずに足の付け根、太もも、ふくらはぎを掴んであげさせ、足のつま先にいたるまでだ
ヴァーユの輪郭を確かめるかのように。掌と唇がゆるやかに、全身を伝う
水に濡れて冷えていた足を上下に丹念に撫で、舌が足の内側の薄い皮膚の上を這うとくすぐったさに似たゾワゾワした悪寒が走る

「…は…っ」

背筋がそりかえり、ひく、とヴァーユの喉が鳴る
(なんだ、こ…れ)

手が身体を撫でているだけだ
それだけなのに、全身が粟立っていく。

掌が辿ればそこに熱が与えられる。ふわふわとした曖昧な感覚だった自分の身体を強烈に意識させられる
…まるで、アペデマスの手で自分の身体が形作られていくかのようだった
確かにここに、ヴァーユが存在しているのだと言っているかのようで
ぞわり、と身体が震えた
眼に涙が滲んだのを感じる。それは心の底にほんの微かに合った、自分の死を悲しむ気持ちに起因していた。
身体が僅かに『生』を感じた事に対する、喜びであったのだが、自らの死を悼む気持ちがあったことに無自覚だったヴァーユはなぜ自分が泣いているのかわからなかった
自分の感情に戸惑っている中、腹部に散っている、先ほど自分が出したものを塗りこむ様にされればたまらない
一撫でて達してしまいそうなほど、強い快感がヴァーユを苛み、泣いた理由を考える事を放棄した
全身が性感帯になっているようで恐ろしかった。
そんな筈はないと、必死で声をこらえるものの、吐息が漏れ出てしまっていた
直接触れられていないヴァーユ自身に熱がどんどん溜まっていく
快感で意識がしっかり保てない。下腹部が、熱くて重い
強い射精感が何度も襲いかかってくるが、紐で縛られているためそれは叶わない
解放されず、篭る熱をどうにかしようと腰がますます大きく揺らめいた

「…やめ、……あ」

アペデマスを制ししようとヴァーユが気だるい眼を向けると、涙で滲んだ視界でアペデマスがヴァーユの手足や、腹部に残る大きな傷跡を直視している姿が映った
そのどこか辛く切なそうな瞳に、ヴァーユはハッと息が詰まってしまう
アペデマスの表情に胸が苦しくなって、拒絶する言葉を吐くことを、躊躇う
固まってしまったヴァーユの腹部の傷に、アペデマスは唇を這わす。幾度も、癒すように

「…はぁ…あっ」

鋭い刺激がそこから湧き起こる
苦しいのに、その行為を止める事ができなくて、どうしたらいいかわからない
手を縛られているため、いつもの様に何かにしがみ付いて快楽を耐えることできないヴァーユには、拒否の言葉を放つことが快楽に溺れないようにする唯一の手段だったのに、それができない
途方にくれて、でも何かしらしていないと一気に快楽のふちに堕ちてしまいそうだった
恐怖で、掠れた声で彼の名を幾度も呼んだ

「…アペ…マスさ…、あ、アペデ…んっ」

何度目かの時、舌打ちしたアペデマスが傷を解放し、性急にヴァーユの口を塞いできた
熱が篭った身体にはキスの甘さがつらい。圧し掛かってくるアペデマスの身体が熱を煽る
逃れる気力も衰えたヴァーユの顎を、どちらかともわからない唾液が零れる
熱い吐息でぐちゃぐちゃにされた口内を離されれば、お互いの唇を透明な糸がつないだ
荒い息をするヴァーユの顔を覗き込むアペデマスは、どこか切羽詰ったような、怒った顔をしていた

「くそ…お前はどこまで…。お前の仕草がどんなに私の精神力を試していたのか知らぬだろう?
 …本当は、片時も離したくなかった
 怪我人の手当てや私の命令以外のことでお前が出向く度に苛立っていた。他人と話せば嫉妬した
 だが昔の私はお前を困らせる事をしないように、我慢をしていた。
 いや、無理をいって、お前に嫌われるのが怖かったんだ」

信じられないアペデマスの告白に、ヴァーユは一瞬身体の疲労を忘れ、瞠目した。

「誰にも触らせず、ずっと独り占めしていたかった。
 皮肉だな、今になって叶いそうだとは・・・もう、我慢などしない」
「アペデマス…様…」
「好きだ。私の言葉を疑うな…ヴァーユ。」

眼を合わせて、真剣な言葉で言われる
気持ちが掻き乱され、眼を見開いたまま呆然としてしまった

(ずっと…?アペデマス様も、私と同じ…気持ちで…?)

夢みたいな甘い言葉に、胸に熱いものが込み上げてきて、しかし僅かだか頑強な、根強くこびり付くような躊躇う気持ちが言葉をそのまま受けいれられない
嬉しさと切なさとで、もう、頭の中がぐちゃぐちゃだ
アペデマスは、そんなヴァーユが落ち着くまで待つ気なんかないようだ

「放さない」
「…ひ…っ」

言い切ると、目元にキスをされた。びくっと身体がはねる
頬にも優しく口付けしてきたあと、また、両手を身体に這わせてきた。

「あ…あ…っ」

先程はじわりとした感覚だったのに、手が少し滑るだけでビクビクと身体がしなった。なぜだか、自分の身体は明らかに感度があがっていた。
喉から甘い声が漏れる。
そんなヴァーユの肢体を見下ろして、アペデマスが満足そうに呟いた

「赤いな。それに熱くなっている…私の熱が移ったようだな。」
「…はっ」

喉を反らして悶えるヴァーユには見えなかったが、ヴァーユの身体にはあらゆる所に無数の赤い痕が散っていた。明るい日差しに晒されて、白い肌色に濃く刻まれたその痕は非常に扇情的であった
血の気が失せていた白い肌は今や上気して薄桃色に染まっている
それはヴァーユの意思に反し、感じている羞恥や快楽を素直に表しているのだろう。
自分の手で変化した身体を微笑みながら眺めた後、アペデマスは喉を微かに鳴らし、背中の翼のせいで強制的に弓なりに反らされて、存在を主張していた胸に手を伸ばす

「ああぁ…っ!」

突起を指でつままれて、恐ろしいほどの快感が身体を貫いた
たまらず嬌声をあげたヴァーユのもう片方の胸の先に、続けざまねっとりとした熱いものが触れてくる。アペデマスがヴァーユの突起を口に含んだのだ。
そこはヴァーユの弱点だった。感じやすくて声なんて抑えられない。ましてやこんな感じやすい状態では
体中に燻っている熱を煽りたてるようだった

「そ、そこはだめです…!やめ…あ、ああっ」
「怖がらなくていい、痛くなどしない」
「や…、はぁっ、あああ…」

器用に動く舌先が周りの淡い部分を丁寧に舐めあげ、焦れた所を痛みと紙一重なくらいの力で甘噛みされた同時にもう片方の乳首を人差し指と親指の間で優しく捏ねたあと、限界まで勃ちあがった先端を押しつぶす

「ひぁあ…っ!」

びくん、と腰が反った。
羞恥とかそんなものを全て吹き飛ばしてしまうほどの愉悦がヴァーユを犯す
ヴァーユ自身は触れられていないのに、縛られたまま限界まで勃ちあがってしまっていた。
痛々しいくらい充血しているそれから、細々とした透明な雫が零れるほどの快楽だった
堰き止められていなければ達していた。達し切れないもどかしさに、足先まで引きつらせながら、滂沱の涙を流してしまう

「苦しいか?傍にいると誓えば楽にしてやるぞ」
「……ふぁ!ぁ…あ」

クニクニと舌や指で捏ね繰り回され、気が遠くなりそうなほどの快楽が絶え間なく襲いかかる
朦朧とした頭で、それでも辛うじて、精一杯いやいやをするように首を振った
好きだと言われて泣いてしまうほど嬉しい、だが死人の自分がこのまま傍にいる事はやはり抵抗があるのだ
怒鳴られることを覚悟していたが、予想に反してアペデマスはふっと笑った

「…そうだろうな、お前の性格はわかっているさ。その頑固なところも可愛いな、憎らしいくらいだ
 なら意見を変えるまで続けるまでだ」
「え…や、あ…、ん…」

形の良い唇から、空恐ろしい言葉を吐き捨てられ息を呑む
…本気だろうか?こんな快楽を与えられ続けたら狂ってしまう
怖い、だが口からは甘い喘ぎ声しか出すことができない。拒否の言葉を吐こうとするとアペデマスが図ったかのように突起を嬲るせいだ
執拗な愛撫は、ヴァーユに最後に残された、張り詰めた一本の糸のような理性を引きちぎる寸前だった
全身が熱い。行き過ぎた官能が苦しい。気持ちが良い。狂おしいまでのこの熱を吐き出して、楽になりたい
次第にそれしか考えられなくなっていく、恐怖

「つらいか、仕方ない、いかせてやろう」

突起を口に含んだまま、ヴァーユが待ち望んだ一言をアペデマスは放つ
吐息のくすぐったさにすらビクビクと全身を震えさせつつも、その甘美な響きに強く心を揺さぶられてしまった
そんな自分に絶望を感じるほど、寸での所でまだ理性は残っていた
しかし、そんな理性は次の瞬間粉々になることとなる

「…は…っ!」

アペデマスが胸を弄っていた手を下腹部に滑らせ、ヴァーユの秘穴にその長い指を二本差し入れたのだ。
刺激をお預けされていたヴァーユのそこは、すでに濡れそぼっていたこともあって、待ち望んだかのようにアペデマスの指を難なく、喜んで飲み込んだ
幾度の絶頂に敏感になっている、内部の柔肌を触れられる衝撃が脳を揺さぶる
入り口付近でかき回すようにされ、くちゅくちゅという水音をたてる。もどかしくひくつく蕾から精液が伝い落ちるのを楽しんでいるかのようにされた
極限まで煽られ、散々焦らされ、もう限界だった。遂にヴァーユは哀願してしまう。

「や…ァ、もうゆるして…いか…せ…」
「あぁ、今な」

優しい声音がきこえた次の瞬間、指を更に奥に滑りこまされ、乳首を吸うのと同時にヴァーユの前立腺を抉った。
瞬間そこから脳天を突き抜ける程の電流が走り、身体中ががくがくと跳ね上がった

         ッ!」

目の前が真っ白になった。悲鳴すらあげれなかった。
今まで味わった事のない、凄絶な快楽がヴァーユの全身を舐めまわし、蕩けさせた
腰が浮き、足が虚空をかく。

「あ…あぁ…」

頂点に達したような、爆発したかのような愉悦のあと、快感の波が緩やかに、そして長くヴァーユの肉体を咀嚼するようにして味わう。その波がひくにつれ、引きつった喉からか細い声が漏れた。開かれた口から唾液が零れる
弛緩しながら、はぁはぁと整える事を忘れた息をそのままに、生理的なものと苦痛が入り混じった涙が溢れ出るに任せる。身体中が噴出す汗とアペデマスの唾液で濡れていた。
他人の嗜虐心をそそるような痴態を晒しながら、自分の身になにが起ったのかヴァーユには理解できず、呆然を空を見る

「達したな。悦かっただろう。ここでいくのは」

アペデマスの満足気な声が下方からするが、全身が小刻みに震えているヴァーユは身動きする力すら残っていない

(…達し た?)

今、自分は絶頂を向かえたのか?
そんなばかな。だって、吐精していないのに
解放感はなく、胸先やヴァーユ自身、後ろの蕾はじんじんとして、ますます下半身は快楽の泥の海に沈んでいるようなのに
声を出すことすら苦痛で、涙を流しながら困惑しているヴァーユの頬に、元凶のアペデマスが労わるような優しい口付けをし、あやす様な声音でヴァーユの疑問に答えてくれた。

「悦すぎて声もでないか?男でもな、射精せず達することができるんだ
 吐精をしなくていいから、何度でも味わえる。…女のようにな」
「……っ…」

何度、でも

その言葉に、掠れる意識の中でヴァーユの身体が本能的な恐怖に震えた
逃げなくては…、どうやって…?

「身体の負担になるというから、忙しいお前に無理をさせぬように我慢をしていたが、もうしない」
    …っ」

ヴァーユの回復を待たず、アペデマスの長い指は再び動き始める
二本の指の腹で、前立腺をこりこりと繰り返し突いた。
一押しごとに絶頂を極めさせられた

「…っ、…っ…」

終わりのない絶頂が何度も何度もヴァーユを襲った
しかも一回の絶頂が終わる前に、次の快楽がヴァーユを包む。
脳が爆ぜるのが途切れない。あまりなことに、開いた口からは、空気が漏れる声しかでない。
口から見える舌をアペデマスが吸う。そのぴりりとした刺激にヴァーユの理性は粉々にされてしまった
息ができない。首を振る事すらできない。まるで人形のようだった
涙が止め処なく零れ、滲んだ視界が真っ白な霧で覆われる。眼は見開いているのに、なにも、みえない

くるしい、こんなの、自我が保てない。
でも助けを哀願することすら、できなくて

壊れてしまう

泣き濡れて、達する度ピクピクと痙攣する身体を愛おしそうにみて、アペデマスが自由な方の手をヴァーユの首後ろにまわし、腕を枕にするようにして頭を引き寄せた。そして耳元で囁く
ヴァーユの芯まで言い聞かせ、従わせるように

「可愛い泣き顔だ。快楽で身体の自由がきかないか、そうだ。お前の身体は私のものだ。
 お前の自身のものじゃない。ましてやお前にそんな羽をつけた奴のものでもない
 髪の毛一本誰にもやらぬ。その身も、心も、生死まで私のものなんだ」

翳む眼に、アペデマスの熱に歪んだ鋭い瞳が映る
その後ろには、青い空があった
本当なら、身軽に自由に飛び立っていた、空だった

「愛している。すぐに信じなくて良い。何も考えなくて良い
 ただ傍にいると、うなずくだけでいい」

それなのに、捕まった。引き摺り降ろされた
目の前の人に地面に縫いとめられた
声もでない、指一本動かせない。自分の身体なのに何一つ従える事ができない
軽かった身体は今は重い熱が支配していた。その熱の言うことしか、聞かない
アペデマスの熱だった

確かに彼は、ヴァーユの支配者になっていた

「でなければやめない。このまま抱き続けてお前を狂わせて傍に置いておくか、…そうだな
 いっそ私が餓死でもしてお前の所に行くか」
「…!」

アペデマスが、死…?
快楽とは別に、恐怖で身体がびくっと震えた。ぐちゃぐちゃになった頭でも、その言葉だけは聞き逃せない
本気のような声音だった。アペデマスが死ぬ事だけは、嫌だ
焦点を懸命にアペデマスにあわせ、ヴァーユは最後の力で必死で首をふるふると振る
声を振り絞れば、微かに「や…」とだけ出せた

その次の瞬間、アペデマスは堪え切れぬとばかりに乱暴にキスを仕掛けてきた
狂おしい快楽の中、口付けすら地獄のような刺激だった。前立腺も一緒に強く擦られまた絶頂がヴァーユをなぶる、つらくて腰を激しく振ってしまった。
眼の中で火花が散って、ヴァーユの悩みも憂いも、全て破壊していく

「ん!…ん!ん!」
「…意識も絶え絶えのくせに、私が死ぬことが嫌だと伝えたいのか?この…!」
「は…ん…」
「…突然いなくなろうが、別れをつげて消えようが、お前を失った痛手の心の整理などつく日などこない
 お前以外を愛す気もない。
 無駄な心遣いをしている暇があるなら、私のために、一秒でも多く傍にいる事を考えろ」

(…っ)

狂楽の中、その言葉だけはしっかりと聞かすように、後ろの責めを止める
ぐちゃぐちゃになった頭には、砕かれた理性では、もう逆らう気力など残ってなど、いなかった

「私の傍にいろヴァーユ。…うなづくんだ」
「…あ……」

どこが祈るような言葉に堪らなくなって、アペデマスの腕の上に乗せている頭を、上下に小さく動かした
その途端、今まで苦しそうなほど、切羽詰ったアペデマスの顔が、これ以上のないほど幸せそうな満面の笑みを浮かべた
その笑顔をみたときの、自身の胸が切なくも、満たされた感覚に息を呑む
両手を背中に回して抱きしめられ、優しい口付けを与えられる。その信じられないくらいの幸福感
頑なだったヴァーユの考えが、愚かだと言わんばかりの温かさ

(…あぁ、もう、いい…)

この人が、こんなに嬉しそうな顔を浮かべてくれると言うなら
次の瞬間にどうなるかわからない身であれど、そのときが来るまで。
アペデマスが望む限り、傍にいよう

ヴァーユは、アペデマスのものなのだから

小鳥が啄ばむような口付けを受けながら、泣きすぎた眼を閉じる
だが幸福感を味わえたのはそこまでだった。すぐに身体中を暴れまくる行き過ぎた快楽が、ヴァーユを泥濘に沈ませる
胸の中で小さく声を漏らして震えて耐えるヴァーユのその髪を、アペデマスは優しく撫でて、涙で濡れた目元を舐めた

「苦しいか、すまなかった。今楽にしてやる」

ヴァーユに惨いことをした手で、戒めていた紐を解いた

「ひぁ……!」

解放された瞬間、先端から散々我慢させられていたものが勢いよく飛び散った
どろりとした大量の濃いものが、ヴァーユの腹部や胸まで濡らしていった
吐精とともに、悲鳴に近い嬌声があがる
すでに、声を抑えるということを思いつくことすらできくなっていた

「はあぁあ……っ、あぅ…」

今まで溜まりにたまった煮えたぎる熱を放出するには一度の射精では終わらず、びゅく、びゅくと数回小刻みに震えたからたまらない。
恐ろしいほどの解放感は、ヴァーユの脳天を抉るほどの快楽だった
長い射精に身悶えるヴァーユをアペデマスは、右手をヴァーユの肩下に、もう片方を尻に回して引き寄せた。そうしてアペデマスに密着させ、びくびくと揺れる腰や足、弾けるヴァーユ自身が本能のままに震える様をうっとりとした眼で眺める
そうして、このまま意識を手放してしまいそうになるヴァーユを許さないとばかりに、反りかえる喉や健気に勃つ乳首に舌を這わせ、鳴かせた

「あ……んっ……」

恍惚とした声を喉から漏らし、数回目の精液を吐き出した後、アペデマスの手に身を任し、くたりと脱力する
辛うじて意識はあったものの、相当な疲労に、このまま眠ってしまいたかった
目をつむり荒い息をしていると、そっとヴァーユの下からアペデマスの手が抜け、ヴァーユの身体を地面に横たえる
喪失感がして寂しかったが、疲れてそんなことを訴えることすら億劫だった。
手が戒めが解かれて、やっと休めると安堵の吐息を漏らす

そんなヴァーユの下腹部から、ぴちゃりとした音と、火傷しそうなくらい熱い弾力のあるものの感触がする

「…え…っ?」

瞠目してなんとかその音を追うと、アペデマスがヴァーユ自身に舌を這わしていた

「…や、あぁ…」

(…そ…んな、まだ…?)

もう限界などとうにこえているのに、まだ終わらないのか
驚き青ざめるも、もはや抵抗などできず、泣き濡れ身悶えながら狂おしい快楽を受け入れるしかなかった
射精して僅かに楽になったため、声が出るようになっていたのにようやく気づく

「濃いな…あんだけ達ってもまだ勃ちあがっていただけあって、まだ射精したりないか」
「は…ん……あ…ぅ」
「…可愛い。」

アペデマスは意地悪したお詫びのように、どこまでも優しく愛撫する。それがつらい
下から上へ、溢れ出るものを丁寧に舐め上げられた。残る紐の痕を舐り、付け根にある二つの袋まで口に含んで刺激する。飴をしゃぶるようだった。甘い甘い快楽がヴァーユを何度目かの絶頂に導く

「あぁっ……あ…もう…」
「好きなだけいけ。」
「あ    っ」

一際高い声をあげ、アペデマスの口の中に幾度目かの吐精を放った
それをアペデマスは喉をならして、飲み込んだようだ。
残滓まで味わうよう、先端の裏まで舌を這わされた。いったばかりで苦しく、悩ましげな声が勝手に出た
すると触れてきたときと同じように、突然そこを解放する
口を手の甲で拭いているアペデマスを見てホッとした。
しかしまだ終わりではなかった

「…ヴァーユ、すまん。      限界だ」
「あ…っ?」

性急に、強い力で脱力していた両の膝裏を掴まれ、ヴァーユの胸につくように折り曲げられた
腰が浮き、ヴァーユの視界に淫らに赤く染まりきった自らのものが晒される。
達したのに、まだ、そこは勃起していた
信じられない。恥ずかしさに顔を逸らすヴァーユにかまわず、アペデマスはすばやく次の動きをする
浮いた双丘の間にある蕾に、勃ち上がった己のものを宛がい、一息に最奥まで貫いた

「はああああ…っ」

びくんっと身体が跳ね上がり、灼熱の杭が与える甘い痺れに支配された
アペデマスに従順な蕾は、喜んでそれを受け入れて、締め付ける
目の前の彼は一瞬息をつまらせたあと、堰を切ったかのように激しく抽挿を始めた
萎える事のない熱棒が荒々しくヴァーユの中をまた何度も何度も擦り、たまらず悲鳴をあげる

「あぁ!や、だ・・・ぁ、うごかな・・・おねがいです・・・っも、終わ…て…あ…んぅ」

暴力的なほど強烈な恍惚がヴァーユをすぐに飲み込み、全身を舐め回し嬲っているようだ。
悲鳴はすぐに甘ったるい嬌声に変わっていた
目の前には揺さ振られる身体に合わせて揺らめく自らのものがある
だらだらと透明な液体を溢れだし、ヴァーユの意思とは無関係に、左右に跳ねている
更にその奥でアペデマスが自分の秘穴から激しく出入りしている様までしっかりと映る
あまりの卑猥さにどこか絶望感を味わう。見ていられない。羞恥心がヴァーユを精神から追い詰めていく
また腰を打ち付ける音とアペデマスの余裕がない吐息が、ヴァーユを煽り立てるから始末が悪い

「熱いな、お前の中は…」
「あぅ、あぁあ・・・っ、あっあっ、むり・・・は・・ッ、あっ」

ずちゅずちゅ、と水音がヴァーユの耳に届く
アペデマスが中に出したものが擦れているのだ。

苦しい あつい 気持ちがいい もういきたくない いきたい

もう自分がなにをいっているのか わからない

「あ、あ、あ、あ…」

激しい動きについていけず、ガクガクと揺さぶられるがままだった
喘ぎが一定のリズムを刻む
そしてすぐ、疲弊し、敏感になりすぎた身体は達する

「はあっ…も、やだ、…ああっあ…!」

射精じゃなかった
先程教え込まれた、秘穴からの愉悦に身を痙攣させる
その快感もつらいが、もっと恐ろしい事が起こってヴァーユは大きく目を見開く
達した自分の蕾は、中のアペデマスのものをこれ以上ないほど締め付けているだろうに、アペデマスの腰を打つつける動きが、止まらないのだ

「うそ…、ゆ…ゆるし…あぁ、ああ…っ!」

まさに今達している敏感な柔肌を、激しく小刻みに擦られ、壮絶な快楽は後ろから前、ヴァーユ自身へ熱を与えてくる
とどめと言わんばかりに、アペデマスの片手が、ヴァーユの前を強く擦った

「やあぁ……っ」

先端が、弾けた。己の飛沫が顔にかかったが、気づかなかった
どっちか片方の快楽でも耐えられないのに、前後から同時に凄まじい快楽を味合わされたヴァーユは、その一瞬確かに狂ってしまっていたかもしれない
本能的に首を激しくふり、衝撃をなんとか堪えようとするも、無駄で。
指先から足先まで激しく震え、隠せない痴態をアペデマスの眼前に晒す
身体中の体液がだらだらと漏れ出たような感覚がした

「く…っ」
「…あ…は…」

少し間が合って、奥にアペデマスの熱いものが吐き出されたのをどこか遠くで感じた
中に出されたものと、ヴァーユが吐き出したもので全身がどろどろだった
繋がっている部分から、アペデマスと溶けあっているような錯覚がする

「愛している、ヴァーユ」

ヴァーユに入れたまま、身体を押し倒してきたアペデマスの、優しい唇を疲れきった身体で受け止めた
二人してはぁはぁと荒い吐息をしたまま口付けを交わす
その幸せそうな顔が、何よりもヴァーユにとっての快楽の元だ
深すぎる快感に小刻みな痙攣がやまないその身体を、ぴくりとまた強く震えさせた

そして、またアペデマスは律動をはじめる
そう、これまでずっと一方的にヴァーユの快感を与えるだけで彼自身はまだ1回しか達していないのだ。
だがもう身体が限界なヴァーユは恐怖すらわからない
わかるのは、アペデマスのことだけ
熱い吐息に確かな幸福感を感じながら、ヴァーユは自分の主人に身体のすべてをゆだねると
ようやく意識を静かに手放し、長く深い快楽の海から解放されたのだった































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優しい風が頬を撫でた
ぶるっと小さく身震いすると、温かい掌が顔を撫でた感覚がした
気持ちよくて吐息が漏れる
すり、と頬に触れている温かいものに身を摺り寄せた
すると、どこかで誰かがフッと優しく微笑んだ
それにつられて、温かいまどろみから目を覚ます

寝ぼけた目にまず映ったのは、夕日に照らされた川だった
緑の中で、さらさらと静かに佇んでいる
ぼんやりとそれを眺めているヴァーユの顔の傍で愛しい人の声がした

「目が覚めたか」
「…あ…」

微笑むアペデマスと目があったヴァーユは、数回目を瞬かせて、記憶を呼び覚まし、そして自分の状況を把握する

川から多少離れた大きな樹の下で、アペデマスは足を伸ばして、樹の幹にもたれて座っていた。
その膝の上に、ヴァーユは横向きで座らされ、肩を抱かれて寝ていたのだった
アペデマスの首元に顔をよせるようにして
身体も清められているようだ
上官に後始末も全て任せてしまったのだ
なんてことを、と。顔が真っ赤にして、慌てて立とうとする
だが疲弊しきってしまった身体は指一本動かせなかった
そうでなくとも、肩をしっかり掴んだ手がそれを阻んだであろうが

「…ア、…アペ……さま」

喘ぎすぎたせいだろう、声も掠れていた。

「こら、離れるなよ」
「……ぅ」

ヴァーユの思考などお見通しのように、肩を掴む掌に力を込められ、身体を縫い止められる
そうしてなお身じろごうとするヴァーユの唇を、塞いでくる

「んん…ふ……」

舌をゆるりと絡めて、優しく、しかし有無を言わさぬキスだった
それでも僅かに逆らおうとがんばるも、自由にならない身体では無駄な抵抗であると悟り、身体の力を抜く
すると満足そうに笑って、唇を離すと、頬や瞼にキスを落とされた
甘い空気に、余計顔が熱くなる

「具合はどうだ?少し意地悪をしすぎたな、顔が赤いようだ、もう少し寝ていろ」
「……へ、平気です……でも、…」

心配そうに顔を覗き込むアペデマスの綺麗な顔に、ますます動悸を激しくしながらも
アペデマスの言葉に、先程までされた行為を断片的に思い出す

「…ひどい、です…あんなやり方……」

強い快楽を与えられ、ヴァーユの正気を奪って、従わせるなんて
怒ってはないが、一言、恨み言くらいは言いたい
顔を伏せていて表情が見えないが、アペデマスが慌てた事を気配で感じる

「すまない…!どうしてもお前を手放したくなくて、必死で…
 怒って、いるのか…?」
「いえ…ただ、本当に気がふれてしまいそうで、怖かった…ので…」

何度達しても終わりのない快楽の渦中にいたことを思い出し、恐怖で微かに震えた
するとアペデマスは更に焦ったように、両手でヴァーユを抱きしめ、肩口に顔を埋めてきた

「本当に悪かった、許してくれ…!」

すがる様にされれば奥底の愛おしさが湧いて出て、ヴァーユも拗ねるのを早々に止めることにする
結局どんなにひどい事をされても、アペデマスを恨むことなどヴァーユにはできないのだ。惚れたほうが負けというやつで
そっとアペデマスの頭に手を回して、撫でるようにする
さらりとした髪が気持ちよい

「怒っていません…。もうしないでいただければ、それで…」
「ああもうしない……、お前が傍を放れようとしない限りは」

機嫌を損ねて、ヴァーユが離れようとしているのだろうとアペデマスは思ったらしい
想い詰めた真剣な声に、少し逡巡したものの、決意を込めてヴァーユはアペデマスに応える

「貴方に必要とされているうちは…どこにもいきません。約束しました…から」
「なら一生私の傍から離れられぬな」

途端、アペデマスはこれ以上ないほどの嬉しそうな笑みを浮かべて、頬にキスをしてきた
先程までの愁傷な態度はどこへいったのだろうか。

(…そうだと、いいな……)

そうでなくても、引き際をわきまえるような在り方でいようと
アペデマスの眩しい笑顔を見ながら、そっと思う

そして躊躇いがちに言葉を続ける

「…ですが、その…」
「…?なんだ?」
「お願いが…あって」
「言ってみろ。別離と、お前に触れるなという願い以外なら叶えてやる」

アペデマスはおどけたように言ったが、声は真剣だった
自分の言葉に一喜一憂をするこの愛しい人に胸が詰まりながら、ヴァーユは口を動かす

「…姉さんに、会いたいんです……」

アペデマスにとって、二度と会いたくない人物かもしれない名をだした
殺し合いをして、双方生きているとはいえ決定的に拗れたまま別れたのをヴァーユは見ていた
性格的に、もう顔を合わしたくないだろうと思ったのだ。
だがヴァーユにとってはただ一人の姉で、家族だから

しかし、ヴァーユの予想に反して、アペデマスはさらりと頷いた。

「ああわかった。一緒に行くか」
「え…」

あっさりと言われ、ヴァーユは思わず目を瞬かせて聞き返した

「なんだその可愛い顔は、ま、向こうはバルカンを殺した俺とは会いたくないだろうがな」

自虐するような笑顔に切なくなって、ヴァーユは手をアペデマスの頬に伸ばした。
すると猫のように、気持ちよさそうに掌に頬を摺り寄せられて、鼓動がまた煩くなる
いつでも、アペデマスの方が数枚上手だ

「…私も同罪です…から、でも…」
「詰られてもいいから会いたいんだろう?わかっているさ。…にしても妬けるな。
 やっとお前の身も心も独り占めできると思ったのに」

不貞腐れたように言われて、独占欲を滲ませたその言葉に、ヴァーユの顔が益々真っ赤に染まる

「なにを仰ってるんですか…。あと、もう一つお願いが……」
「今度はなんだ?」

ヴァーユが真剣な目を向けたので、アペデマスも先の軽い雰囲気を引っ込め、目をあわしてくれた。

「ご飯…食べてください」

ヴァーユにとっては何よりも大切な事だった
アペデマスはあの一戦後、今に至るまでろくな食事をとっていなかったのをずっと見ていたヴァーユは知っている
飢えで、倒れやしないかと気が気でなかったのだから
それなのに、アペデマスは暫くぽかんとした後、ふっと噴出して、肩を震わせて笑い出した

「ふ、く、くくく…ははは、は」
「な、何がおかしいんですか・・・!?」
「ふふふ…、まったく、お前はなんでそんなに可愛いんだ」
「は…?なんのこと…」
「ああもう、お前には一生敵わぬわ」

アペデマスは懐っこい笑みを浮かべて、再びぎゅうとヴァーユを腕の中に閉じ込めてきた

「か、からかわないでください、私は真面目に…っ」
「お前が真剣に私の体調を考えているのはわかっているとも」

茶化されているのかと怒るヴァーユを、宥めるように、そして愛おしそうに見つめた

「それが可愛いと言うのだ」
「…そ、……っ」
「…安心しろ、ちゃんと喰うさ。お前が見張っていたらな」

そんな目で、優しく囁かれては、もう太刀打ちできないではないか
どこか悔しくも感じながら、息を詰まらせたヴァーユの唇に、触れるだけのキスを仕掛けたアペデマスの笑みが切ないほど、堪らなく愛しくて、そんなもの吹き飛んでしまう

(…傍に、いよう)

ヴァーユは目を静かに瞑り、そう強く思う

この人も自分も、たくさんの者を殺し、他者の命を踏み台にしてきた
こんな幸福感を味わう資格なんてないのかもしれない。
だが、誰に非難され、何を言われようと、この人の傍にいよう
多少無理やりに約束させられたとはいえ、自分はそう口に出したのだ。自分で選んだ生き方なのだ
この人が、望んでくれたから

自分だけはこの人の幸せを望もう。
愛している この人の

ヴァーユは、精一杯、少なくとも自分からはもうこの笑顔を裏切らないと密かに胸に誓って
温かな口付けの嵐に身を委ねた




















20130211
古都