絵日記で描いていたアペヴァ幼児化ネターアペデマス編

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ある祝祭日のことです。
次の戦について意見の合わない所があったメロエとアペデマスが討論を繰広げていました。
そんな、休日もなんのそのなアペデマスの執務室に、上から激励も兼ねた差し入れの酒が届きました。
使わされた三人は、傍からは口論しているようにしかみえない二人に対して、触らぬ神にたたりなしを正確に実行して去っていきました。

「執務室にお酒を・・・?! ・・・まぁ祝祭ですものね今日くらいは少し羽目を外しても」
「何を今更・・ゲホッ」
「詳しく聞かなければならないことが増えたみたいですねアペデマス様」
「さぁ祝いだ飲むぞメロエ!酒の席は無礼講だ、のめのめ!」
「・・・そーねぇ、くだけた仲なら口も羽のようになるでしょうしね・・・」
「お、まるで記憶がなくなりそうな程美味だな」


「・・・えっと、あの、そのね・・・。今すぐ部屋を飛び出してあの三人を捕まえてくるのが最善なのは承知の上でその前に一言で申して宜しいでしょうか」
「・・・・・・・・・なんだ」

「・・・・・・あたまなでていい?」
「さっさといけ!」








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かりてきた猫のようになってメロエに部屋に連れ戻された三人の使者は、状況を把握すると今度は三者三様に動転してしまいました。
無理もありません。国の英雄とも言えるべき軍神が自分たちが持ってきた酒を飲んで子供と化してしまったというのです。
投獄果ては打ち首か
遺書まで書きそうなほど狼狽している使者たちをメロエが一括して、なんとか酒の出所を吐かせました。
ちなみにアペデマスは始終無言でした。その時のアペデマスの顔が忘れられないと後のメロエは語ります。
さて、使者に因ると。現在国王貴族入り乱れて広間で酒宴が開かれており、参加していない軍の中枢メンバーにも酒を謙譲しにいけという流れになった事。
その酒宴の開始の催しに。新たに開発された薬のお披露目があったそうです。
薬を飲ませた動物が、あっという間に子供になったとう動物実験用の薬だといいます。
これで今まで警戒心が強く、子姿を見せたことがない動物の調査に役立つといき込んでおられるそうですが、どう考えても変態の発想ですね。
そんな妙な薬を入れていた酒瓶が、宵の席で皆ほろ酔いの最中、差し入れの酒に混ざったのではないかと思われました。

一先ず、一人の使者に密やかに開発者を連れて来させ、状態を見せれば
”まだまだ開発途中の段階なので一日程度で戻るはず”
と言われました。
しかし人には使用したことがない薬です、解毒剤を作れと言い、他言しないことを誓わせた蒼白の四人を追い出します。

「ふん、獣に使うものを飲まされたとはな・・・。相変わらず変なものを造りおって・・・くだらん」
「処罰ものだけど、王様に訴えなくてもいいの?あらあら声も高くなっちゃって」
「・・・さわぎを大きくしたくない・・・。一日すぎてもこのままだったらその時に考える」
「天地ひっくり返るくらいの大騒動が起こるわね。まぁまぁ子供服を用意しないと」
「・・・おい、聞いているのか。」
「これ以上ないほど真剣よ。上官に変な事されて許すほど甘くはないわよ。睫長いわねぇ、昔からそう思ってたけど、本当女の子みたいだわぁ」
「楽しんでいるように、みえるんだが」
「気のせいよ。」
「頬をさするな!」

「で、どうするの今日は。一応もう一人二人くらいには事情話しておいたほうがいいんじゃない?」
「部屋にずっとこもっておけば問題ないだろう・・・誰にも話すな。特にナパはだめだ。おもしろがるに決まっている。」
「・・・無駄だと思うけど、了解しました。ただし条件があるわ」
「・・・?」
「抱っこさせて」
「・・・・・・い、い、かげんに」

「今日も仕事してるのか入るぞー!休むときはきっちり休まんと身体に悪い!さぁ宴をする・・・ぞ・・・?」
「・・・・。」
「・・・・。」
「・・・んんー。ちょっと待て状況を把握するから。・・・、・・・。」
「・・・・まぁ、予測はついていた。」
「本当面白そうなことに関しての感というか本能はすごいわよね。尊敬するわ」

「あぁ、メロエがアペデマス様の部屋に子供を連れ込んだのか。お前にそんな趣味があったとは」

「違うわよ!!!!」

「・・・おい、首が締まっ・・・息が・・・」








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メロエから事の顛末を聞いている間、ナパは内心苦々しい気持ちでした。
揉める事は好きではありませんし、この国で大きな力を持つ円頭人関係のモノ達とは出来るだけ良好な仲を保っておきたい所。
しかし、故意ではなく、色々な偶発が重なったとはいえ、大事な上官がこの様な仕打ちをうけた事には変わりません。
向こうの過失なのにここで甘くしてしまっては、今後舐められてしまうでしょう。
アペデマスの、ひいては軍全体の威信に関わることにまで発展しかねない出来事でした。
軍の頂点であるアペデマスに異変があった場合、代わりに指揮をとるのは5戦士最年長で戦の経験が一番豊富な、ナパの役目でした。
そのナパの立場からしても、・・・私的にも黙っていられるわけがありません。自分が仕えると決めた、大切な上官です。
公私混同上等な出来事でしょう。
ここで王にお目通りし、事の事情を話して罰を望むことは容易いことです。

ですが。

「ご気分はどうですか?他に体調に変化はございませんか」
「首が痛い」
「ご、ごめんってば!」

なんでもないような事の様に答えるアペデマスと、メロエのやりとりから、ナパは察します。
アペデマスのプライドからして、こんな姿を公の場で晒すのも、変な薬にひっかかってしまったということを知られるのも、死より嫌なことであると。
アペデマスはそういう人でした。
恐らく、ここで過剰に心配してしまうことは、かえってアペデマスを傷付けてしまうことになるのでしょう。
メロエはそれを最初からわかっており、掠り傷程度の、何事もないかのように振舞っていました。流石というしかありません。
ナパは僅かに考え、目配せしてきたメロエに応えました。
とりあえず、薬が切れるという明日までは、自分も黙っていると。
ただし、それで戻らないならば、アペデマスのプライドより全体的な威信を優先させると。
それで一先ず密かな協定がくまれました。

「・・・ううん。子供化する酒など、面妖なものを作りますなぁあの人らは。
 にしても、記憶は残ったままとは、確かに凄い発明っちゃ発明だ、生きててそうそう出来ない経験だなぁ」

「ああ。殺されかけたりするしな」
「あ、謝っているじゃないの!もう!」
「今日はこれからどうする気で?」
「ここだと誰がくるかわからんから部屋に戻る。効果が切れるまで引きこもっておこうと思っているが」
「まぁ、それが妥当ですな。ここは・・・ナパおじちゃんが抱っこしてつれてってやんないとな!」
「!?な、何をする、ええぃ、触るな!!!」
「こんな時に遠慮するな。困ったときは助けるのが部下の役目」
「私が困っているのは、まさに今のお前のせいだ!」

本人たちは至って真剣な漫才を開始している横で、メロエはなにやら考え込んでいました。
それを口に出すのを躊躇う様子でしたが、・・・静かに口を開きました。

「ま、その姿だと人払いもできないから誰かがついていくのが当然でしょうね。
 ・・・その前に待ってアペデマス。一つ提案があるの
 この事をヴァーユに話す気はない?」

「駄目だ!!」

名前を聞いたとたん、間髪いれずにアペデマスは拒否しました。
つい大声を上げてしまったことに自分でも驚いて、バツが悪く。それでも・・・念を押します。
こんな、見っとも無く情けない姿を、ヴァーユに、・・・好きな人に知られてしまうのだけは嫌でした。

「・・・あいつにだけは、言うな。絶対にだ。」


獣が呻るような声でいうアペデマスを静かに見て、メロエは「わかりました」と直ぐ引きました。
メロエは別に嫌がらせで言ったわけではありません。
最悪、この薬がもし効き目が切れなかった場合。ヴァーユの持つ癒しの力をなんらかに使えるかもしれない。と考えたのです。
どういう事が起こりえるかはわからない以上、手札は多く持っておくべきです。
アペデマスもそれはわかっているでしょうに。
甘い。でもそんな彼に苦言を言わずひく自分にメロエは僅かに苦笑しました。なんだかんだ、メロエは仲間には甘いのです。

「しょうがないわね。いいわ。じゃあ髪結んでいい?リボンつけていいでしょ?
「・・・もう、好きにしろ」

アペデマスが半分投げやりにはなっていますが、これでこの話は終わりの筈でした。が・・・。


「すまん。ここに来るときヴァーユにあったから宴会する気で誘っちまった。そろそろ来る気がする。はっはっは」




「斬る」

「悪い、悪かった。お詫びに高い高いしてやるから」
「ちょっと動かないでアペデマス。結んだら手伝ってあげるから座って!」


一気に騒々しくなった室内。
そんな空気を凍りつかせるノックの音が、部屋に響きました。

「・・・失礼いたします。ヴァーユですが」

「「「!!!!」」」









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今日ヴァーユが城に赴いた訳は、今行われているだろう宴に顔を出す為でした。
通常ならメロエの役目ですが、宴と作戦の件の重要性を比べ「サボっても問題ない」と判断した模様でした。
しかし、こういう付き合いを怠ると後々面倒くさい事になりかねません。人間関係ほど不確実なものはないのですから。
杞憂かもしれませんが、手も空いていることですし(まぁいいか)と出向いた次第です。
酒をかかえたナパとバッタリ出会ったのは、心持ち憂鬱を覚えながら宴会場近くまで行ったときでした。人が多い中、よく出会えたものだと思います。
後で会場の者に話を聞くと、自分と然程変わらない時にふらりと現れ、酒だけかっぱらって去っていったそうです。それでいて最低限の挨拶はしていったそうで、自分には到底出来ない芸当だとヴァーユは純粋に尊敬するのでした。
そして。今からアペデマスとメロエの所に酒を持って特攻しに行くことを聞き、誘われたのです。勿論二つ返事でした。
貴族たちの体面上、宴から抜けるには少し時間がたたないと無理です。
それを顔見せ程度で抜け出してくることが出来たのは、ナパがさり気無く周囲にアピールしてくれたからでしょう。
それでも割と時間が掛かってしまったと道すがら溜息を付き、そして目的の場所の前に立つと今度は動悸が僅かに煩くなるのを覚えながらヴァーユは扉を叩きます。
緊張の面持ちのヴァーユの前に出てきたのは部屋の主ではなくナパでした。

「あ。どうもナパ。遅くなってすみません」
「・・・よう、あー、そのすまん。誘って悪いんだがこっちの酒宴は中止になっちまってな」
「・・・そうなんですか、なにかありましたか?」

バツの悪そうに言いよどむナパを見て小首を傾げます。中止とは珍しい事でした。そしてふとメロエやアペデマスの声が聞こえない事を不思議に思います。
扉の枠に肘を当てるようにされヴァーユの視界から部屋の中は見れませんでした。

そして、次の言葉にヴァーユの血の気が一瞬で消え去ってしまいます。

やー、それがな。アペデマス様がちょっと体調を崩しちまって部屋に・・・」
「っ!アペデマス様が!?お医者様には御見せしたんですか、一先ず容態を確認して・・・、自室ですね・・・!」
「わーっと!ちょっっとまった!落ち着け!」

蒼白になり、身を翻して駆け出そうとするヴァーユの身体をナパは慌てて捕まえます。
反射的に腕の中に閉じ込める形になったのは仕方のないことだと思うのです。と、背後の殺意に背中で訴えますが聞き入れてくれる可能性は五分というところでしょうか。
勘弁してくれーと思いつつ、とりあえずは可哀想なくらい狼狽しているヴァーユを落ち着かせる事が先決でした。

「大丈夫大丈夫、きっとただの風邪だ」
「ですが!昨日お会いした時には変わらずお元気そうで在らせられたのに、このような急激な変化・・・」
「あーそうだな、うーん・・・まぁ落ち着け、な?医者もよんだし後は何とかしてくれるから。
 それにアペデマス様は一人でゆっくり休みたいと言っていた。邪魔にならないようにしておくのが俺たちの出来る事だろう?」

「・・・っ、・・・・・・そうですね・・・・・・」

そうです。ヴァーユは治癒の能力を持っていますが、それは怪我を治すもの。病には何も出来ないのです。
知らず痛いほど拳を握り締めます。自分はなんて役に立たないのでしょうか。

「わーわー!そんな泣きそうな顔するな殺される、違うそうじゃなくてだな!そう!
 アペデマス様は自分の事は気にするなとも言っていた。折角の休日なんだ遊ばないといかん!」

「・・・・・・このような時に楽しむなど・・・。」
「お前がそんな死人のようになってはアベコベだぞ。それでは周囲に心配をかけるしアペデマス様の方が気に病んでしまう。
 病人の気遣いを無下にする気か?」

「・・・・・・そうですね・・・すみません。まだまだ半人前で」
「いや謝らんでいいぞ!そんなに落ち込むな、な?
 じゃあそうだ、うんそうだな。ここはやはり宴かゲフッ!」

「・・・ナパ!?」

何かが空をきったかとヴァーユが認識したかと思うと、鈍い音とともにナパの身体が揺らめきます。
ギョッとしたもののヴァーユは慌てて前のめりに倒れてくるナパを抱きとめました。
飛んできたのが辞書でナパの後頭部に直撃したのだと理解したとき、ナパの背後から凛と幼い声が響きわたりました。

「・・・言うに事欠いて、ヴァーユと酒とは・・・その上その体勢か、いい度胸だな?・・・ナパ・・・。」
「・・・・・・違う・・・・・ものの弾みで・・・・・ぐふっ」
「・・・え?え?」








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「ア、アペデマス様・・・・・・なのですか・・・!?」
「・・・・・・・あぁ」

驚愕したヴァーユの問いに、この状況ではどう足掻いても誤魔化しきれないと踏んだアペデマスは、顔を背けたまま仕方なく小さな声で肯定しました。

抱き寄せたりだとか酒が入ると無防備になるヴァーユに酒宴をしようだとか、先のナパとのやり取りにあまりにも腹が立ったとはいえ、胸中に早くも後悔の念が湧いてきます。
こんな無様な姿をヴァーユに見られてしまうとは。
羞恥と情けなさでこの場から消えてしまいたい程の焦燥感が胸のうちで渦巻いていました。

ですが、そもそも、こんな子供の姿になったのも自分の油断が招いた事態。
経緯をメロエから聞くヴァーユを横目に見ながら、アペデマスはこんな恥を晒すくらいならもういっそ舌を噛み切りたい心持でした。
僅かに高くなった声すら気になり、あまり声すら発したくありません。
アペデマスがそんな風に臥せっている間に、姉弟の話はすんだようでした

「・・・・・そうですか、その様な事が・・・」
「一日、様子見するのよ。・・・解っているわね?」

何か言いたげな様子のヴァーユに、メロエは念を押します。
その有無を言わさない口調に、やや間が合ってからヴァーユは頷づきました。
ヴァーユの心持としては、アペデマスをこのような姿にされて様子見との対応は、正直不満にも程がありました。
大切な上官に奇妙な薬を与えただけでも憤慨ものです。
ですが大事に至るかどうか図りかねる状況で余計な争いは無用との事も理解できます
なにより、騒ぎを大きくしたら一番困るのはアペデマスだという事がヴァーユを何とか踏みとどまらせた何よりの理由でした。
不服ですが、メロエやナパの表情からも自分と同じ気持ちであるのは見て取れました。
普段であればどちらかはストッパー側に回る二人であるのに、二人同時にこの様な顔をさせるとは。
空恐ろしい事になりそうです。しかし今回はヴァーユも止める気は全くありません。
そちらの対応は姉達に任せるとして、・・・ふと、ヴァーユの表情が曇りました。
この事態に、自分は何か役に立てる事があるのでしょうか
当のアペデマスは顔を合わせようともしてくれません。
恥ずかしいからだとは解っていますが、ヴァーユには心から自分のことが嫌なのではないかとも感じられます
アペデマスは誇り高い戦士です。自分の失態を部下に知られるのが嫌なのは痛々しいほどヴァーユには解るのです。
アペデマスにとっては自分は僅か1部下とはいえど、アペデマスにそのような痛みを与えてしまっている事が益々ヴァーユに恐縮な思いをさせてしまっているのでした。
すると、考え込もうとするヴァーユを見計らったようにメロエが大きな声で言いました

「こちらの対応は私達に任せて、ヴァーユは自室に戻られるアペデマス様のお手伝いをしてあげて」
「・・・な・・・!!」

とんでもない発言に、跳ねるようにアペデマスはメロエ達を見ました。驚きすぎて一瞬色々なものが飛んでいってしまったのです。
そしてそのままヴァーユを直視してしまって更にうろたえます。
そんなアペデマスをナパが楽しそうに見ていることにも当然気付き、もう一度辞書を投げてやろうかと憎憎しげに思いました。

「・・・・・・手伝いなど必要ない・・!」
「そうだなぁ、こんな軍内部で子供が一人うろついていたら目立つだろうし、更にそれとなく面影があるのも拙い。誰かが付いていくしかないだろうな」
「・・・なんとかする」
「物の配置も勝手も変わるでしょう、一人じゃ無理よ無理無理。」
「・・・おいっ人の話を!」
「食堂に行けないなら食事だって大変よ、抜くことは許さないわよねぇ、ヴァーユ?」
「・・・それは、いけませんアペデマス様!」
「・・・・・・・っ」
「ヴァーユ、今日、明日は祝宴で非番でしょう?貴方が一番適任だわ、いいでしょう?」
「はいもちろん、私で宜しければ・・・っ」

にやにやしながら人の話を無視してさっさと進める二人に、怒鳴りかければヴァーユに話を振り、封じ込めます。
実に厄介な二人組みを相手取り、アペデマスは怒り心頭ですがぐうの音もでません。
しかし何よりアペデマスがはっきりと拒否を示せないのは、ヴァーユが二つ返事で引き受けたという事が嬉しかったこと
そして一日二人っきりでいられるという事のせいです。
軍という不確定な所に属する上、ヴァーユの照れ屋は尋常ではなく、普段、自分が誘って誘って宥めて、ようやっと部屋に来てくれるという頻度でした。
もちろんそこも好きなのですが。
それがあっさり部屋で二人っきりになることを承諾してくれたのです。今の自分の状況も吹っ飛び現金なことを考えてしまいます。
アペデマスにとって、こんな無様な姿を見られる羞恥以上にヴァーユといられる事のほうが重大なことでした。

「あ、も、勿論アペデマス様がお嫌なのでしたら・・・無理強いは・・・」

返事がないアペデマスに何を思ったのか、途端いつものように引き始めるヴァーユに、アペデマスは慌てました。
強く出てしまったことに対する羞恥と、悲しそうな表情から恐らくアペデマスが拒否したのだと思ったのでしょう。とんでもありません
更にはナパが便乗してきました。蹴り飛ばしたいとアペデマスは思いました。

「うーむそうか、仕方ないなら私がアペデマス様を・・・」
「ヴァーユ!・・・・・・・・・・・すまないが、たのむ」
「・・・・・・は、はいっ。畏まりました」

羞恥からなる複雑な心境を押し殺し、蚊のなく声でヴァーユに頼みをすると。ヴァーユはホッとしたように、綻んだような笑顔で返してくれました。いつも自分が見ると顔を伏せるヴァーユのそのような笑顔は滅多に見たことがなく、それだけで顔が熱くなったような気がするのは、気のせいではありません。
腹立ちつつも、メロエ達に感謝はしないといけないでしょう

しかし、アペデマスの試練はここから始まります。

「・・・では自室のほうへ参りましょうか。さぁアペデマス様」
「・・・・・・・・・・え」

その笑顔のまま、ヴァーユはアペデマスの椅子の前まで来るとひざを突いて目線をあわせ。両手を広げたのです。
まるで子供を抱き上げるように。
それに面食らったアペデマスは、意味を理解すると、瞬時に脳天まで沸騰します。
抱きしめられるのはうれしいですが、さすがに、好きな人に抱き上げられるなんて。ですがいつになく積極的にもとれてしまう姿が胸を焼ける心地にさせてしまいます

固まってしまったアペデマスをヴァーユは「?」という顔をして伺っていました。
自然にそうしたまでで、深く考えてはいないのでしょう。
しかし、数拍間があったあと、ハッと思い至ったようで、見る間に耳まで真っ赤に染まっていきます。

「あ、も、申し訳ございませんっ、衣服が合っておられないので歩くのは不便かと思ったものですから・・・、大変失礼を致し・・」
「・・・・・・部屋まで任せた」
「・・・あっ、はい・・・!」

結局。慌てて身体を離そうとするヴァーユの首元に、アペデマスはしがみつきました。
そうすればもう、不本意ながら見守っていた形の二人も騒ぎ出し一気に部屋は賑やかになりました。

「状況が状況とは言え。あの姿じゃなんにもできないとは思うけど・・・プライドより積極的なヴァーユを取ったわ。
 やっぱり止めさせようかしら・・・・・・」

「あっはっは、いいじゃねぇかたまには!よく世話やいてやれよヴァーユ、滅多にないぞこんなこと」
「なんてことを、滅多にあっては困ります・・・!」

にやにやと騒ぎ立てる二人のそれにも辟易でしたが、なにより・・・
真剣に反論するヴァーユがアペデマスをいろんな意味で煽ってくれるのです。
庇われる自分の情けなさと
自分のことに対して真剣に怒ってくれる事と・・・
何より、そのヴァーユがなんとも可愛い

「はっは、あーこりゃアペデマス様が別の意味で心配だ。
 まーがんばれ。」


ナパの最後の一言は恐らく心からのエールでしょう。
うるさいと一喝する事は、今のアペデマスには到底難しく。
ヴァーユの腕の中、複雑な心境で、執務室を後にしたのでした。








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外は清々しい陽気でした
風通し良く作られた建物に、滑らかな風が通ります。
しかし、ヴァーユに抱きかかえられているというとんでもない状態に在るアペデマスには、当然ながらその陽気をそのまま受け取ることはできません。
といっても先ほどまでの鬱屈した気分は僅かながら晴れていました。
人とすれ違う度などは流石に神経を尖らせてしまいますが、それを除けば今、
白昼堂々ヴァーユに抱きしめられている。ということになります。
しかもかつて無いほど至近距離な上、ヴァーユはアペデマスの顔を見られぬよう慮ってか、人が通るたびギュッと自らの肩口に顔を優しく押し付け、覆ってくれるのです。
癖のある柔らかい髪がくすぐったくも心地よく、それだけでアペデマスは間近のヴァーユの顔を見れる程に余裕ができるまで回復しました。

そう。アペデマスが僅かにでも顔をあげれば、目の前には真剣な面差しをしたヴァーユの顔があるのです。
ヴァーユは寝台の上では元より、普段ですらアペデマスとまともに目をあわせてくれません。
せいぜい、戦の話や鍛錬に付き合っている色気も何もないときくらいでしょうか。
ですが今。その顔が目前にあるのです。
現金だと思いながらも、今日はやたら痛い目しかみていないのですから、これくらいの役得を感じるくらいないとやってられない。とアペデマスは若干開き直りの心境です。

・・・と、言っても、気分が落ち着かないのは当然のことで、早く自室に入りたいのは山々でした。

(逆なら・・・俺がヴァーユを抱きかかえている状態ならいくらでも練り歩きたいくらいなんだがなぁ)


とアペデマスは自身の情けなさに小さく溜め息をつきました。
執務室を出てから一言も発しないアペデマスを慮って、ヴァーユの足取りは早くなります。

アペデマスを始め5戦士はその軍務が多忙なため、王宮内に各自の執務室の他、数日宿泊ができるよう自室が割り当てられていました。もちろん自宅は都内にあるのですが、任務中行き来している時間が惜しいだろう。との王の計らいでした。戦時中は自室で身を休めるのです。
ヴァーユが今向かっているのはそのアペデマスの自室でした。
一番早く軍部に赴けるようにと、アペデマスの部屋は一番近いところにある為、そんなに距離はありません。
ですが、慣れた道中をこんな状態で辿らなければならないというアペデマスの心境を思うと、一刻も早く着かなければ、とヴァーユは痛む胸で思うのでした。
しかし、タイミングの悪い時というのはあるもので。

「あ、ヴァーユ様じゃないですか!」
「・・・・あ」

声をかけてきたのは、ヴァーユ直属の配下の兵の二人でした。
駆け寄ってくる兵を無視をするわけにもいかず、やむを得ず足を止めます。そして気付かれぬようできるだけ自然な動作でアペデマスの顔を隠しました。
アペデマスが子供になったなど解るわけがないとは思いますが、何よりもアペデマスの心情の問題でした。
顔を自分の胸元に押し付けてしまっているので、アペデマスに窮屈さや、暑い思いをさせてしまうのが気がかりです。

「こんちはヴァーユ様。あれ。今日非番ですよね〜?」
「その子はどうしたんですか?」
「・・・親類の子です、軍内部を見たいというものですから見学をさせてたんですよ。」
「うわぁ〜、さすがヴァーユ様お優しいですねぇ〜」
「じゃあ将来はうちの軍隊入り決定ですね!」
「はは、気が早いですよ、それより二人とも、少しお酒が入ってますね」

ばれましたか〜と大笑いする二人をみて、ヴァーユはほっと安堵の息をつきました。
この様子では子供の事など大して気にもとめないでしょう。
元々、口数が多くない自分によく話しかけてくれる二人だったのもあり、ヴァーユも次第に落ち着いてきました。
他の上官では馴れなれしいともとれそうな態度、ましてや酔った姿で上司の前に出るなど厳しい規律ではご法度この上ないのですが、ヴァーユはあまり気にしない性質でした。
自分の采配が正しいかどうか、配下の意見を聞くのがヴァーユのやり方なのです。

「お休みですし飲むなとはいいませんが、程ほどにしてくださいね、吐いたりしたら台無しですから」
「はーい、ヴァーユ様が仰るならそうします」
「ははは、いつになく調子が良いですね全く。・・・では急いでいるので」
「・・・あっ、すいませんヴァーユ様!お尋ねしたいことがあったんです、もう少しだけ」

部下が上官に聞きたいこと。といわれてしまえば、ちゃんと聞くのが上のものの義務でしょう。
立去ろうとしたヴァーユはその足を再び止めました。

「すいません、あのですね今度、女官達と食事にいこうという計画を立ててるんですけど、
 ヴァーユ様もごいっしょに如何ですか?」

「・・・・・・はぁ・・・・私が・・・ですか?」

思いがけない誘いに、ヴァーユは面食らってしまいました。
今までこういったことには縁が無かったヴァーユにはまったく予想外、つい呆けた声を出してしまいます。
冗談かとも思いましたが、二人の酔った目は割と真剣でした。

「お願いします俺達を助けると思って!女官たちが集まるかはヴァーユ様にかかってるんですっ」
「・・・えぇ?そんな大げさな・・・・・・」
「何を仰っているんですか!周りのガードが固いからこういった面で全然誘えなくて、アペデマス様以上に難関だと評判なんですよ」
「・・・・・・は、はぁ??」
「図々しい事を申してすみません、この際全部ばらしてしまいますと。
 そのぅ、自分、好きな女性がいるのですけど、聞けばヴァーユ様に憧れているそうで・・・」

「・・・・・・そ、それは・・・有難いですが・・・」
「他の女官達も「面子がねぇ〜」って色良い返事がいただけてないんです」
「・・・・・・はぁ・・・・・」
「情けなくて申し訳ないですがお願いしますっヴァーユ様!」
「あっ予定が会えばでいいんですけど!」

二人そろって頭を下げられ、ヴァーユはいつになく困ってしまいました。
二人が自分に対して何を納得しているのか、ヴァーユはさっぱりわけがわかりませんが、どうやら意中の女官がヴァーユを好意を向けてくれているとのこと。
自分を好いてくれるなんて奇特な方だなぁ、と、素直にありがたいと感謝はしつつ。今は軍や仲間、アペデマスの方が大切なのです。
真面目なヴァーユには軽く付き合うなんてことはできません。今女性と付き合っても自分が納得できる程のものを相手に与えられないと思うので、交際なんて考えられません。
こんなものの考え方なので女官たちとの食事会など、あまり気乗りするものでもありませんでした。
ですが、部下が自分を頼ってきてくれたのです。
自分は至らない上官で、いつも部下の助力を得ているのです。
僅かながら恩返しをしなくては
そう思い、顔をあげます。

「私で出来ることが・・・っあ!?」

不意に、なにかに首筋を噛み付かれました。
思いがけないことに、語尾が動揺の色に染まります。
間をおかず、噛み付かれたところは今度濡れた感触がしました。
舐められたのです。
瞬間、背筋にゾクと電流のようなものが駆け抜けました。

(ア、アペデマス・・・さま・・・・!?)

いつ胸元から顔をうつしたのか。アペデマスはヴァーユの首筋に顔埋めていました。
そして慌てるヴァーユにお構いなく、舌の動きは止まりません。
一体どうしたというのでしょうか。ヴァーユは盛大に狼狽してしまいます。
ですが、うろたえるヴァーユを訝しげに見る二人の兵を失念することはなんとか免れました。
語尾が擦れることにサッと羞恥を覚えます。しかしアペデマスを引き剥がすわけにもいきません。

(・・・・あ、は、早く、ここからはなれないと・・・・・)

なんだかわからない間に、非常にまずい事態に陥ってしまいましたが、とにかく切り抜けなくてはいけません。

「ヴァーユ様?・・・どうしたんですか?お顔が赤いようですけど」
「・・・あ、な、なんでもないんですよ、す、すみませんが、返事は後日にして、っ、も・・・?」
「はいそれはもちろん。お急ぎの所お引止めして申し訳ありません。・・・具合が悪いのですか?部屋までご一緒に」
「い、いえ、心配には及びませんっ、ありがとう、では・・・っ」

駆け出すようにして、ヴァーユは配下二人をその場に残し立去りました。
ですが、回廊を僅かにかけてもアペデマスは止めてくれず、仕方なくヴァーユは周囲を確認して近くの柱の影に入りました。このままでは到底アペデマスの自室までたどり着くことが出来ません。
子供の力なので引き離すのは容易いものの、相手は崇拝しているアペデマス。
手を頭に絡めたものの、躊躇いが先に出てしまいます。ですが耳元での水音に堪え切れません。今自分は耳まで赤く染まっていることでしょう。

「ア、アペデマスさま、一体、どうなさっ・・」
「お前こそなんだ、なんだ、あれはっ」

怒鳴られ、真っ赤だったヴァーユの顔は今度は真っ青になってしまいました。
気付かぬうちに、どうやら自分は、相当の不興をかってしまったようです。
考えてみれば当然の事でしょう。こんな状態のアペデマスをほっぽいて、自分は配下の部下と立ち話などをしてしまったのです。しかも最高司令官ともいえるアペデマスの前で無礼な口調を叱責もせず・・・。
アペデマスが怒るのは当たり前の事。ヴァーユは血の気が失せてしまいます。

「も、申し訳ございません。あんな長時間も立ち話を・・・っ、
 更に知らぬとはいえアペデマス様の目前であんな馴れ馴れしく・・・、二人の責は上官である私に」

「そんなことはどうでもいいっ!!」

びくっと身を竦ませたヴァーユの胸元で、アペデマスは荒げた息を整えようと息をつきました。
今は人がいないとはいえ、いつ誰が通りがかるかわからない道の端です。大声をあげるなど論外なことはアペデマスはよくわかっています。
ですが、見当違いな気遣いや、何に対してアペデマスが憤っているのかわかっていないヴァーユをみていると、凄まじい焦燥感が湧いて出てきます。
小さく、申し訳ありません、と伏せた顔で謝罪するヴァーユをまた怒鳴らぬよう、必死で自分を押しとどめ、今度は押し殺した声をだします。

「なんだ、あれらは。いつもあんな馴れ馴れしく話すのか」
「・・・え、あ、はい、あの・・・。私によく話しかけてくださる優しい方々で・・」
「ふぅん・・・・・・、・・・私と居るときより楽しそうだな」
「・・・・・・え?」

「なんでもない、はやく部屋へつれていけっ」

アペデマスは吐き捨てるようにそういった後、むっつりと黙り込んでしまいました。
焦りつつ、謝罪をするにもできず、ヴァーユは消え入りそうな声で「・・・はい」と答えました。
そして自分の失態を攻めながら暗い心持で歩みだすのでした。








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無事アペデマスの自室につくと、アペデマスはぶっきらぼうにヴァーユに命じて寝台に下りました。
そして「お飲み物を用意します」とヴァーユが身を翻したときです。
それは唐突に起こりました。

「・・・ん?」

急に奇妙な感覚がし、アペデマスの視界がぐらりと歪んだのです。
そのまま一瞬気が遠くなりかけましたが、直ぐ耳にヴァーユの驚愕した声が届いた為、なんとか持ち堪えました。

「ア、アペデマス様・・・!?御身体が・・・!」

アペデマスはそのゆらゆら揺れる視界に、駆け寄ってくるヴァーユの呆気に取られている顔を映すと、そのまま自分の手を見ます。
そして寝台の直ぐ横にある鏡を覗き込むと。終りに、ふむ。と軽く頭を掻きました。

「元に戻ったか、・・・少し」
「お、落ち着きすぎです・・・・・っ」

そう、酒の効果がきれてきたのか。鏡に映ったアペデマスは『子供』ではなくなっていました。
とはいえ、『大人』でもありませんでしたが

「・・・15、6くらいでしょうか…、でも、何にせよ良かった・・・。
 恐らく効果が切れ掛かっているのでしょうね」


ヴァーユはアペデマスの様子を間近で確認した後、動揺した顔に安堵の笑顔を浮かべました。
アペデマスも内心は、無事元に戻ることが出来そうだという安心感を得られた事と、曇った顔から一変したヴァーユの笑顔に。心に落ち着きを取り戻す所でした
・・・が、先の怒りをこのまま流すわけにはいきません。いけない訳があります

「ああ、だがそんなことより、さっきの話の続きだ。
 ・・・お前、女官との食事会などに・・・・行く気か・・・?」

身体が縮んで威厳も欠片もない事は重々承知なので、極力感情をこめない様に声をだします。
ヴァーユは、叱られていたのにそれを一瞬失念した事を恥、慌てて直立します。

「申し訳ありません、無礼を・・・」
「そんなことはどうでもいい、答えろ!」
「え・・・、あ、は、はい。・・・・参加は、しようかと」
「なんだとっ!?」

(冗談じゃない・・・っ!!)
冷静でいようと勤めるのに、アペデマスはヴァーユの言葉をきいた途端激昂してしまいました
好きな相手が馴れ馴れしい奴らと一緒に異性との集まりに行くなど、想像するだけで頭に血が上ります。
アペデマスの怒りにヴァーユはビクッと身を竦め、おどおどとアペデマスを見ます
純粋に部下に対する善意から行動するヴァーユには、アペデマスが何故こんなに怒っているのかわかりませんでした。

「その、彼らには普段お世話になっておりますし、上官としても友人としても、僅かでも恋路の助けになれればと・・・」
「駄目だ、行くことは許さん」
「っえ・・・?」
「命令だ、話は終りだ。」

乱暴に話を切り、飲みものを持って来いと命じて、ふいとアペデマスは顔を横に向けます。一方的に話を打ち切られ、暫しヴァーユは呆然としました。
しかしその理不尽さは、ヴァーユの根底にある頑固さに火をつけてしまいました。
納得がいきません。

「な、何故ですか!私はただ助けになりたいと・・・」
「私のほうこそお前に聞きたいぞ、
 お前は、一体何のつもりで私に抱かれているんだ!」

「・・・なっ?!」

あまりにも直接的な言葉に、ヴァーユは一気に顔を真っ赤にしてしまいました。
ただでさえこういった話に物慣れない上、それを口に出したのは高潔なアペデマスです。しかも今は少年の風体の。
恥ずかしさと動揺に、思わず「こ、子供がそんな言葉を使ってはいけませんっ」とアペデマスの口をふさいでしまいます。
そしてすぐ「あ、すみませんっ」とポカンとするアペデマスから離れました。
その一連の流れについ頬が緩んでしまいそうなのを、アペデマスはなんとかたえました。
こういうところがたちが悪いんだと内心しみじみ感じました
そこでふと気付きます。自分が一度も好意を言葉にしていなかったことに。

(・・・なにをやっているんだ私は・・・・・・)

アペデマスは頭を抱えてしまいました。口付けや、抱くことすら拒まれなかったことに、すっかり甘えてしまっていたようです。
そして、ここで伝えないと拙い。と痛感します。
ヴァーユが素直に誘いを受け入れてくれるとの事に自惚れていてはいけないのです。
言葉に、しなければ。
ですが、アペデマスの決意は、次の一言でカッとなった感情に掻き消されてしまいました

「・・・わ、私は・・・私は、その、
 ア、アペデマス様が・・・お望みになられた、から・・・・・・」
「なに・・・・・・?」

ヴァーユからしてみれば、崇拝し、敬愛し、・・・大好きなアペデマスが望んだからこその覚悟で身を任せたのです。その事を言うのは勇気が要りました。熱い頬が冷めやまないままにぎゅっと眼をつぶればアペデマスの顔すらみれません。
しかし、それは別の意味でアペデマスには伝わってしまいました。

「・・・なるほど・・・な。よく、わかった・・・。」

つまり、優しいヴァーユは請われれば拒みきれない、というわけか。

(別に私ではなくても・・・誰でも)

いいと。
おずおずと、無理やりださせたような言葉です。悪い方面に受け止めてしまうのも無理ないことかもしれません。
受け入れてくれたと、軽く自負と自惚れも入っていたアペデマスは、大きく衝撃をうけ言葉が続きません。
それならば、改めて告白してまた一からやり直せば良いと、普段ならば気が回ることすらできません。
一方のヴァーユも自身の感情の整理で忙しく、アペデマスの様子に気付きませんでした。
黙り込んだのは、自分があまりにも図々しい事をいったからだと、早くも後悔していました。

(それとも、気持ち悪がられたのか・・・)

恐らくそうです。アペデマスにとっては自分とこういう関係を持った事にたいした思いれがなかったかもしれないのに。重いことをいってしまったかもしれません。
大変な事態です。ヴァーユはアペデマスに自分の気持ちを押し付ける気はないのですから

気まずい空気があたりを支配します。
ですが、今日はこのままアペデマスの身の回りの世話をするという任務がヴァーユにはあります。
それには、この空気をどうにかしないといけません。アペデマスの負担になってはいけないのです。
別の話題をふって、この話を忘れていただこう、とヴァーユは考えをめぐらせます。
ただその前に、・・・食事会禁止の命令は解いていただけなければいけません。
アペデマスの命令はヴァーユにとって絶対であるため、禁じられてしまえば逆らうことができないのです。

「すみません・・・、今のは、気にしないで・・・」
「・・・気にするな?ふ、そうだな。お前は気にならないから私もそうでいろということだな?」
「・・・え、あ、あの・・・?」
「確かに?お前がどこで誰となにしようが私にはとやかく言う権利はないな。
 誰と話そうが、食事にいこうが・・・」


アペデマスの心情を気遣ったつもりでしたのに物凄い剣幕で噛み付かれて、ヴァーユは戸惑ってしまいました。静かな声が逆に恐ろしく感じられます。
先にも増してわけがわかりません。一体なぜ自分はこんなにアペデマスを怒らせてしまっているのでしょう。
理解できない自分に腹が立ちます。
ですが話題がうまく食事会に触れたので、どうやって切り出そうかと思っていたヴァーユはつい油断してしまいました。
ですが、直ぐヴァーユは凍り付くことになります。

「・・・お前が、女を抱こうがな?」
「え・・・!?」

表情を強張らせたヴァーユを見ようともせず、腕を組みながらアペデマスは非憎げな笑みを浮かべました。
その笑みは自分自身に対してのものです。これは今までヴァーユとの関係を曖昧にしてきたツケであり、全て自業自得なのは重々承知でした。しかし感情のなんと厄介なことか。理不尽なのは承知の上でこの激情を止められません。
元々、アペデマスは外見の余裕がある雰囲気とは逆に短気な一面があり、感情に駆られて行動してしまう事がありました。欠点だと自覚はあって、意識して自制しているのですが・・・ことヴァーユに関してはそれができませんでした。
そして感情のまま、挑発してしまいました。

「な、なにを・・!?違います、そんな事考えたことすら・・」
「・・・ふふん?どうだか、お前にその気はなくとも、向こうにあればどうなるか
 将自ら風紀の乱れに加担するとは恐れ入るなぁ?」

「ア、アペデマス様・・・!私は本当に・・っ」
「その気はない、と?・・・ふ。ああわかっているとも、
 ・・・お前は、私の下で啼いているほうが馴れているものな?
 そっちが好きなのだろう?」

「ッ・・!!」

ヴァーユが息を呑んだのが、伝わりました。驚愕しているのでしょう。
ヴァーユにそんな発想がないことはよくわかっている上で、わざとヴァーユの羞恥心を煽る言葉を使います
びくりと震え、必死でいて、どこか頼りなさげなヴァーユの姿は痛々しく、・・・被虐心を煽るのです。
言った端から後悔するとわかっていても止められない、意地の悪い言葉をわざと選択させるほどの。

「・・・お前に、女は抱けぬ」
「な・・・ッ!!」

指先まで冷たくなっていたヴァーユは、今度は一気に頭に血が上りました。
拳を痛いほど握り締め、滅多になく、声を荒げてしまいます。
確かにヴァーユは性的なことには淡白なほうです。女性とは付き合いという付き合いはしたことはなく、身体を繋げたのは・・・アペデマスだけでした。それも、普通の男とは違って、抱かれるほうです。
今だ人を抱いたことはありません。
しかし、それでも、

その。男の矜持を踏みにじられる一言に悔しさを感じるほどには、ヴァーユは、男でした。

・・・気がつけば、震える声が口から勝手に出ていました





「た、確かに私は、まだまだ至りませんが・・・ですが・・・」

「好きな相手くらい、抱けます・・・ッ」








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自分の身に何が起こっているのかわからなくて、アペデマスは目を瞬かせました。
わざと酷い言葉を選び、怒らせてしまったはずのヴァーユに
なぜか・・・口づけをされていたのです。
触れるだけの拙いキスが、余計にアペデマスに衝撃を与えました。
目を見開いたまま、閉じることが出来ません。その瞳に、自分とは反対に目をぎゅっと瞑ったままのヴァーユが映ります。
そうして呆気にとられている間に、背中が寝台に受け止められました。
顔に、癖のある滑らかな髪が触れます。
驚くことに、あの控えめなヴァーユに、押し倒されていたのです。
柔らかな唇に口をふさがれたまま。心底驚くアペデマスは声も出せず、体も動かせませんでした。
想像だにしなかったこの状況に、脳の処理が追いついてませんでした。

「ん・・・」

押し倒している側の自分の方が吐息が漏れてしまい、ヴァーユはわずかに顔を赤く染めました。
呆然とするアペデマスと同じく、早くもヴァーユの中で戸惑いが生まれていました。
衝動のまま押し倒したのは良いものの、アペデマスに口づけしただけで胸が一杯になってしまっているのです。
これでは、先ほどのアペデマスの言葉が真実となってしまいます。
こんな自分は五戦士に相応しくないと見なされるかもしれません。
アペデマスに、情けないと軽蔑されてしまうのは嫌でした。
まさに今、女も抱けない男と揶揄されてしまっていました。
胸が締め付けられるような心持です。更に、ヴァーユなりの矜持と意地も混ざり、もはや引けません。
最後までなど、そんな恐れ多いことをするつもりはないのです。気持ち悪がられているのに、自分の気持ちをそんなに押し付けるなんて。ただほんの、ほんの少しだけ。
それで、僅かなりとも自分は男であるというプライドを知ってほしいのです。
とはいえ。

(・・・えっと、これから・・・どうすれば・・・)


今までに人を抱いた経験のないヴァーユは、手順など解かりません。すっかり困ってしまいます。
わずかに逡巡したヴァーユですが、そこでとりあえず、日頃のアペデマスの行為を真似ることにしました。
同時にそのときの自分を思い出すだけで羞恥で死にそうになるのですが、それをなんとか堪えます。

「ーっ?」

ぎこちなく、頬に触れた舌をそのまま顎までつたわされると、アペデマスの背中にぞわりとした悪寒じみたモノが走りました。

「お、おい。ヴァーユっ?」

アペデマスは慌てて、のしかかるヴァーユの体を引き離そうと肩をつかみました。
そして、想像だにしなかった展開にうっかり失念しそうでしたが、今はヴァーユのほうが体格も歳も上だという事を思い出し、尚焦燥感を強くします。
ですが

「ど、どうしたんだ?よせ・・・」

「・・・嫌ですっ」

ヴァーユは首元に顔を埋めたまま、拒否をしました。
アペデマスはヴァーユが自分の命令を聞かなかったことに、驚きます。
こんな状況に飽き足らず、その拗ねた様な声音を可愛いと感じてしまう自分にも若干呆れます。
鎖骨の辺りを、噛まれたというには優しく、舐められたというには強い力で辿られ、アペデマスは更に大きな衝撃を受けました。

(・・・まずい、これは)

官能的、というより、まるで犬がじゃれているかのようでした。
ですがそのたどたどしい手付きが逆に、アペデマスを変に逆撫でていきます。
一方のヴァーユは、これであっているのだろうか。と思案しながら動いていました。
不安に感じつつも、記憶を反芻させ、首筋を唇で覆います。するとアペデマスが小さく身じろぎました。
それを感じ取ってヴァーユはホッとしました。少なくとも変ではなさそうです。
出来るだけ気づかれぬようにそっとアペデマスの様子を伺うと、見慣れた、しかし今は若干幼い顔が見えます。
成長途中の瞳が呆気にとられてるさまは、どことなく可愛らしいものでした。
そういえば、今の彼は妙な酒のせいで年下になっているということを今更ながら意識しました。
肉体的には今はヴァーユのほうが年上。

(力も、私のほうが強いのか・・・な)

自分より細くなった腕を見ながらふとそう考えると、高揚感のようなどうにも奇妙な感じがしました。
正直。このような大胆な行動に出れたのは、アペデマスの今の姿の手伝いがあったから、というのは否定できません。
普段の、完成された艶気のあるアペデマスに変に見つめられるだけで固まってしまうのに、押し倒すなんてことが出来るかどうか。
そう思うと、自分の情けなさに心底落ち込むヴァーユでした。
アペデマスの言った事にこんなに腹を立ててしまったのも、裏を返せば、自分自身で気にして、不安に思っていたからなのかもしれません。

(ていうか、これって最低なんじゃないのか・・・?)


中身は自分より年上とはいえ、今のヴァーユより5ほども年下の子供を襲おうとか。
同意もなく。しかも、アペデマスを。
そんな。自分はアペデマスに碌な言葉のないまま押し倒されてるのにもかかわらず、ヴァーユの中では倫理と矜持が戦い始め、軽く混乱してきてしまいました。
首筋を舐められ続けているアペデマスも盛大に混乱中です。なんとかヴァーユを引き離そうと頭をつかみます。柔らかい髪が指を絡めました。
なんとか止めさせないと。ヴァーユが自分に積極的に触れている。という嬉しいこの事態に(もうちょっと)と頬が緩んでしまう自分を叱咤します。

「ヴァーユ、よせって、な?」
「・・・・・・。いえ、だ、駄目です、嫌です。私とて・・・誰かを抱くことくらい出来ます・・・。
 確かに仰るとおり、私はまだ全然軍人としても人としても至りませんが、ですが
 ・・・そこまで、情けなくはありません」

(・・・あ)

硬くもどこか不安を滲ませる声に、そこでアペデマスはようやく、自分のただの難癖はヴァーユを怒らせたというより、深く傷付けてしまったのだということに気がつきました。
やっと思い出します。基本的にヴァーユは自分を責める性質だということに。
ほかの人なら、ただの心無い言に、「ふざけるな」と怒る事でも、ヴァーユは「そうかもしれない」と一理あると考えてしまうのです。

(なんて馬鹿なことをしたんだ、私は・・・)


とんでもない失敗に頭痛がしてきました。
ヴァーユの言葉にショックだったとはいえ、あそこで感情的になってはいけなかったのに
あの挑発にヴァーユがなんで自分を押し倒してきたのかも合点がいきます。
自分にもプライドがあるとアペデマスに知ってほしかったのでしょう
自分のことを他人に特に教えようとしないヴァーユにそう思ってもらえているというのは、恋愛感情とまではいかなくても、少しは自分はヴァーユの『特別』な位置にはいるのではないのでしょうか
そう思うと、荒んだ心がゆっくりと落ち着いてきました。
謝って、ちゃんとやり直さなければ。
アペデマスはヴァーユの頭をつかんだ手を、撫でるように動かしました。

「・・・ヴァーユ、すまない。心にもないことをいった。」
「・・・え?」

ヴァーユの動きが止まったのに安堵しながら、アペデマスは両手でヴァーユの頭を包み、顔を上げさせました。

「あれはただの癇癪だ。・・・私が短気なのは知っているだろう。お前は何も悪くないんだ。
 私が身勝手にあたっただけだ・・・。あんな事、思っているはずがあるか。
 悪かった、許してくれないか。」
「・・・・・・ですが・・・」
「どうしたら許してくれるんだ?教えてくれ、・・・このままお前に抱かれればいいのか?」
「い、いえそれは・・・っ」

納得のいかぬ顔のヴァーユに提案してみれば、顔を真っ赤にしてしまいました。
やはり無理をしていたのでしょう。
・・・ヴァーユのこの行動に深い意味などないのでしょう。
単に挑発に傷つき、プライドを示したいというそれだけのこと。アペデマスに特別な感情など特にないのです。
もしかしたら・・・この場にアペデマスしかいなかったから。
淡白なヴァーユに、好きでもない相手に対してこんな酷なことをさせてしまうとは。しかも、恐らくヴァーユはノーマルだろうに、男に。
自分も別に男が好きというわけでなく、『ヴァーユが好き』というだけです。抱くと思えば普通に女が出ます。
アペデマスは胸が痛く、そして情けない気分でした。今まで合意だと思っていたことがさっき否定されたばかりでそのダメージは結構深いものですが自業自得です。仕方がありません。

アペデマスは、上で戸惑ってはいるものの退こうとはしないヴァーユの頬を撫でます。
意地が引くタイミングを解らなくさせているのでしょう。
できるだけヴァーユが気にならないように、笑いを含んだ声で許しを請います。

「すまなかった。怒っているか。私が、嫌になったか?」
「そんな訳がありませんっ。ですが、その。本当に・・・」
「ああ。あんなの嘘に決まっているだろう。誰もお前をそんな風に思ってなどいないから。
 だからそんなにムキにならないでくれ。
 ・・・無理はするな。私は女ではないぞ?抱くのはきついだろう」

「・・・なにが、きついのですか?」
「・・・ん?」

ヴァーユはアペデマスの言った意味がわからなくて、聞き返します。アペデマスも、ヴァーユが何にひっかかったのか解りません。

「何を仰るのか私にはよくわかりませんが・・・きついことなんてありません」
「・・・なに?」
「・・・お慕いしている方も抱けない男と思われたくないだけで。別に私は、誰も彼も抱きたいとは・・」
「何といった」

ゆるゆると優しく頬を撫でてくれていた手がぴくと止まり、間髪いれずに聞き返されヴァーユ動揺しました。
甘い声に緊張が走ったようで、戸惑います。
先ほどの問答で、とっくに彼は自分の心持など知っているだろうに、何を問い返されているのでしょう。
そう、ヴァーユはすっかり、さっき告白したと思っていました。
なので今更何を言うのかと。小首をかしげながら応えます。

「ですから・・・。好きな方くらい、抱ける事を・・・」


ただ改めて言うのはやはり恥ずかしく、最後は言葉を誤魔化すように、そっと触れるだけの口づけをアペデマスにしました。
これで言葉を真実だと信じてもらいたかったのです。




その瞬間、凄まじい力でヴァーユの世界が反転させられました

「・・・あっ!」

いったい何が起こったのでしょうか
背中が寝台に受け止められたようです。衝撃に一瞬怯んだ目を開ければ、今の今まで見下ろしていた顔が、自分の上にあります。
そしてそのまま、衣服が引き裂かれるほどの力で引っ張られ、前を開られました。

「ア、アペデマス様・・・っ?」

優しさに甘え、遂に怒らせてしまったのでしょうか。触れてはいけない一線を越えてしまったのかもしれません。
アペデマスはあんなことは思っていないと言ってましたが、友人の範囲でしたでしょうに
調子に乗ってしまったと、ヴァーユはさっと青ざめます

「お、お気を悪くさせて申し訳ありません・・・、今のはなんでも」
「なんでもなくてたまるかっ!」

大声にびくっと身がすくんでしまいました。
ふとアペデマスを見ると、今のアペデマスは子供なのに、まるで、大きな獰猛な猫科の獣がそこにいるかのようで、ひ、と小さく声が漏れてしまいました。
荒い息をした口で、耳を咀嚼するよう咥えられます。

「色々・・・言いたいことがたくさんあるが、後だ。
 覚悟しろ、今日は・・・放さん」








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姿見に映る自分の姿をみて、アペデマスは満足そうに髪を掻きあげました。
すっかり元通りです。とても奇妙な体験をしたとは思えないほどいつも通りの姿がそこにありました。
元に戻った以上アペデマスは変に騒ぎ立てるつもりはありません。
主に、こんな変てこな事になったのを周囲に知られたくない、というプライドが大きいですが、
結果的に技術者たちは命拾いをしたことになります。
それが少し引っ掛かりますが、メロエに釘をさして貰うことにしましょう。
今はそんなことより大切なことがあります。

「さっきから何シーツと仲良くしているんだ、ヴァーユ」


アペデマスは隣にいる、こっちに背を向けて頭からシーツに包まっているヴァーユに声を掛けました。
自分でもわかるほど声は弾んでいました。
するとヴァーユは僅かに振るえましたが、あとは無言でシーツに守られています。
気絶させてしまうほどしてしまい、先程やっとヴァーユが気がついた後から、ずっとこの調子なのです。

「どうした何を拗ねている。・・・怒っているのか?」


アペデマスはヴァーユに覆いかぶさり、シーツごと腕に抱きこみました。
ここで嫌われてはたまりません。

「無理させてすまない、お前があまりにも可愛いことをするから我慢できなかった。」

「・・・・・・かわいい、って・・・私は男ですが・・・」

相変わらず顔はあげてくれませんでしたが、この人は何を言っているんだろう。と言わんばかりの、その不思議そうな声音に思わずアペデマスは噴出してしまいました。
ですが、どう勘違いしたのかヴァーユが益々機嫌を損ねたようだったので、慌てて、抜け出そうとする身体を逃さぬよう腕に力をこめます。

「からかうのはやめてください・・・!」

「・・・からかっているだと・・・?抱いてる最中散々言っただろう。好きだと」
「・・・ッ!!」
「ふん?信じてないなら信じるまで言ってやろうか。否というほどにな」
「け、結構ですっ」

ヴァーユが自分へ好意を持っている。と知ったアペデマスにもはや好意を伝えることを躊躇する理由があるわけもなく。
シーツから出ている柔らかい髪に顔を埋めて、ヴァーユを捕らえます。猫がじゃれるように身を摺り寄せながら、あたたかい体温に幸福感が溢れ出ました。
ヴァーユは、アペデマスの一挙一動にぴくと敏感に反応を返しています
大変可愛らしく胸が一杯なのですが、アペデマスは僅かに不安を感じました。
お互い告白しあったのに、そりゃ途中までいつものとおり衝動のままに言葉足らずでしてしまいましたが、ちゃんと好意は伝えました。
ので、これは一応恋人同士になった朝。というのではないのでしょうか
それならもっと、甘くてもいいはずではありませんか。
少なくとも、お互いの顔を見もしないというのがアペデマスは嫌だったのです。

「何を遠慮することがある。それとも・・・やはり迷惑だったか?」
「・・・い、いえ・・・そういうわけでは、ないんです・・・。ただ・・・」
「ただ?・・・なんだ?」

「・・・貴方だから、とはいえ・・・と・・・年下・・・に、子供に抱かれたなんて・・・・
 ・・・・・・貴方はお強い人が、好き、でしょう・・・・・・?」


消え入りそうな声は、滲み出る情けなさがよくわかる音をしていました。
そう。アペデマスだとはいえ、何度も身体を暴かれているとはいえ、精神は年上だとはいえ。
肉体的に年下の、いまだ少年ともいえる子供に組伏せられろくな抵抗もできなかったのです。
ヴァーユにとってはとんでもない衝撃でした。
言い訳をすると、アペデマスに触られるとヴァーユはわけがわからなくなるのです
でも、もしかしたらアペデマスだから。なんて、単なる誤魔化しなのかもしれない。自分は本当に弱いのかもしれない。
なんてことでしょうか。

一方のアペデマスは、思いがけないことをいわれ呆気にとられました。
が、若干不貞腐れたような、自暴自棄のような物言いと、真っ赤に染まったヴァーユの耳を見て・・・悟ります
要するに、強くありたいという男としての当然の誇りと欲求の中に、アペデマス好みであろうとする気持ちもはいっている、ということでしょうか?
更に『貴方だから』だとヴァーユは言ったのです。
つまりそのプライドは、アペデマスだったら受け入れるということでしょうか
今回はそれが、アペデマスが子供の姿などの変えられてしまっていたせいでプライドがせめぎ合い、混乱をきたしているようなのです。
が、普段であれば抱かれることを、受け入れていると。
・・・自覚があるのかないのか、恐らくないのでしょうが。

瞬間。アペデマスは衝動のままヴァーユを覆い隠しているものを剥ぎ取って顔を出させ、唇を奪っていました。

「あぁ!お前はもう、可愛いな!!」
「うわあッ!?んんッ」
「全く、危なっかしくてフラフラさせれんっ」

逃れようとする身体を寝台に押し付け、口付ける度にアペデマスは一言一言、ヴァーユに自覚を促すように言います。

「・・・いいか、お前は『私だから』抱かれたんだ。他の誰に触られてもこうはならぬ。
 『私が触れたから』だ。」
「・・・ふ・・・、それはそう・・・で、です・・・が・・・」
「ああ、いい大丈夫だ。今までは無自覚だったろうが
 これからゆっくりと身体に教えこませてやる。
 ・・・・・・じっくりと、な」
「あっ?!・・・やめ・・・ア、アペデマスさま・・・?も、無理です・・・そんな・・・」
「駄目だ。猶予がない。誰かに取られる前に浸み込ませないといけないからな
 それに、そんなに年下の私に抱かれたことが気になるのだったら
 今の私が忘れさせてやらねばならないだろう?」
「な、何を言って・・・、っあ、あ・・・」

過敏に震える耳朶を甘噛みしながら、そういえばもう一仕事残っていたな、と小さく言ったアペデマスの言葉に、それどころではないヴァーユは気づきませんでした。





後日。
結局あの一件はメロエとナパが内々ですませて、公の場には上がりませんでした。
国王に報告が言ったのかどうかはヴァーユには与り知らぬことです。
厳罰にならなかったのには不満が残りますが、アペデマスがそう望んだ、ということなので思うだけに止まります。
これでいつも通りの日常に・・・・なる筈でしたが

「ヴァーユ、見つけたぞ」
「え・・?ん、んんっ」

回廊を歩いていたヴァーユは、不意に横の柱の影に引っ張り込まれました。
驚いた眼に映ったのはアペデマスです。
ヴァーユは狼狽するまもなく柱に背を押し付けられ、そのまま口を塞がれて好きなようにされてしまいます

「・・・・は、ア、アペデマス様・・・!何をなさるんですか・・・っ」
「何を?恋人に口づけただけだ。悪いか」
「わ、悪いです・・・、こんな所で・・・、誰かに見られたらどうするんですか・・!」
「どうもしないだろう?」
「します!」
「なんだ、つれないな」


ヴァーユは慌てて、そのまま流されてしまいそうな自分を叱咤しました。
この間から、アペデマスは所構わず抱きしめてくるようになったのです。
自分はともかく、アペデマスに悪い噂がたったらと思うとヴァーユは気が気ではありませんのに。
それに、その度に心臓が飛び跳ねてしまって、これではヴァーユの身が持ちません。
まだ日も高い上に仕事もあるのに、こんな有様ではいけない。と必死でアペデマスを押しのけようとします
アペデマスもそれ以上はする気はなかったようで、なんとか居心地のいい腕の中を抜け出す事ができました
でもこのまま物陰にいたらまた仕掛けられてしまうかもしれません。
次を拒みきれる自信はないので、急いで回廊に戻りました。
その瞬間に声を掛けられ、全身が固まります。

「・・・こ、こんにちは、ヴァーユ様、アペデマス様も」
「お、お疲れ様です」
「・・・あ」
「ああ」
「み、見回りですか二人とも」
「はい」

そこにいたのは、以前自分を食事会に誘ってくれた配下の二人でした。
今のを見られたかと焦りましたが、アペデマスがいるのを見て敬礼するいつもと大差ない二人の様子を見て大丈夫だったかと安堵します。
直立不動なのはアペデマスがいるからでしょう。
一礼してそのまま去ろうとする二人の背を見ながらふと、ヴァーユはそういえば参加の返事をまだしていなかったのに思い至ります。
アペデマスに色良い返事は貰えてませんが、友人として手伝いくらいしてもいいではないかという思いはとめられませんでした。
僅かに開いた距離を急いで追いかけます

「ちょっと待って、この間誘ってくれた食事の件なんですが・・・」
「あ、それならもういいんです!」
「え?」
「自分の力でちゃんと誘えないと駄目だって気付いたんですよ!今!」
「・・・そ、そうなのですか・・・」
「だからヴァーユ様にご足労していただかなくても大丈夫ですから!」
「変なことに誘ってすいません!俺たちのことは気にしなくていいですから!!」
「い、いえそんな。・・・頑張ってくださいね」
「はい!」
「有難うございます!」

言い終わるが早いか、二人は脱兎のごとく去っていきました。
残されたのは呆気に取られたヴァーユと、その後ろで腕を組みながら柱に背を預けている、なにやら上機嫌なアペデマスの二人でした。

「・・・いったいどうしたんだろう・・・急に・・・」

「さぁ。お前が誰のものかっていうのがわかったんじゃないのか」


そうしてアペデマスは、困惑するヴァーユを再び物陰に引っ張り込むのでした。



一方。こちらは走り去った配下二人。

「あの二人、本当に付き合っていたんだ・・・。」

「うわぁやべーよ、この馬鹿、何が噂だから大丈夫だろ、だ!超睨まれたじゃねーか!」

「生接吻シーン、初めて見た・・・」
「あれ、絶対俺らが近くにいるのわかってたよな・・・」

「ああ、だって柱の影に消える一瞬、目が合ったぜ。俺」
「うわー、これからあまりヴァーユ様をあてにしないようにしないと・・・殺される・・」
「怖い、怖いけど・・・、あぁーどうやって誘おうかなぁ・・・はぁ」

若者に幸あれ。合掌。







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ある日、アペデマスがちっさくなったよ。という血迷ったネタが振ってきて、気ままに描き始めたこの話ですが
ずいぶんと終わるまで時間がかかってしまいましたね。
暴走しちゃって、予定していたのと違ったりはしたものの、甘々で終われてよかったです。
い、いいじゃない。甘やかすの好きなんだもん。いいじゃない
お付き合いありがとうございました。



20101030